本

『数学的思考の本質』

ホンとの本

『数学的思考の本質』
河田直樹
PHP研究所
\1,300
2004.1

 数学が好きで手に取ると失望する。数学が嫌いで手にとっても失望する。この本は、むしろ哲学の本である。たしかに数学がとびきりできる人の手による本ではあるが、それはもはや数理哲学と呼ぶに相応しい。それでいて、敷居が高くはない。哲学的文章にほんの少し慣れさえすれば、この本の文章は、実に快感となって響いてくる。
 数学が世界の根底に流れている。ではそのときの数学とは何のことをいうか。
 ぜひあなたご自身で哲学して戴きたい。哲学とは、つまりこうこうなのです、と要約することではないからだ。あなたご自身が、たとえばこの本に触れて、なんだろうと考え、自分だったらこうだななどと思い、しかしなるほどそうなんだと驚いていくその過程が、必要なのである。
 個人的には、人工と自然とが対立する2項とはしないのが西洋的な伝統であるという部分の説明が気に入った。日本ではむしろそれらを対立するものとして捉える。これは、俗説とは違う結論のような観点である。俗には、日本や東洋の思想のほうが自然と調和した人間であるかのように考えられ、だから西洋風の自然を対象・客観として対置する世界観だと自然を破壊していくのだ、などと言われる。だが、真に「合理」ということを軸にして捉えるならば逆だと著者は言う。西洋においては、自然も人工も「理」のうちにある。日本では、自然のうちにそれはなく、人工のうちにのみそれはある。自然は人間に対立し克服されるべきものと西洋人は捉えている――それは、私が哲学を学んだころも、常識であった。しかしこの著者は、その常識に反旗を翻したのだ。
 私にとってそれは、小気味よく感ずるものであった。最近(2004年2月)、この俗説を使うかのようにして、日本の宗教は寛容であるとするコラムをある新聞が盛んに載せているからだ。それに反論するためにこの本があるのではないが、じっくり思索していくならば、いかに人を煽り自説のみが真理と気張る言論が浅はかなものであるか、暴露されるという一つのケーススタディとなるかもしれない。
 ゲーム理論を面白く説き、数学者をその人生のエピソードから語ることによりその思想を読者に伝え易くし、落語や文学を用いて思考を明確に際だたせていくなど、心憎い配慮がそこかしこに渦巻いている。知的好奇心の旺盛な方には恰好の書物である。




Takapan
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