本

『小学生の子が勉強にハマる方法』

ホンとの本

『小学生の子が勉強にハマる方法』
菊地洋匡・秦一生
実務教育出版
\1400+
2019.7.

 学習塾をつくった人による、小学生限定の、その気にさせるハートを扱う本。学習内容については一切触れられない。そして親が、中学受験を目指す子に対してどのように接したらよいか、という観点からのアドバイスに満ちた本である。誰のための何のための本であるのか、コンセプトははっきりしている。
 冠のようにして、「やる気」を科学的に分析してわかった、と記されている。もちろん、思いつきでああしろこうしろと命ずることほど迷惑なものはない。私の若いころはこうしたものだ、というような声や、やたら精神論を振りかざしてくるのも困る。しかし、この「科学的に分析してわかった」とは何だろう。
 巻末に書かれている。この本の材料には二つノモのがアリ、一つは過去の様々な教育心理学研究であること。大学の教科書のような教育心理学の教科書や論文を踏まえ、またその著者による市販本を参考にしているという。もう一つは、この塾での指導体験だそうだ。いろいろ実験し、改善を求めながら歩んでいるそこで実践してきたことをこうして伝えているのだそうである。
 これが、タイトルの上に付けられている「科学的」の意味である。これ以上ではない。中を読んでも、塾で子どもたちに接してきた人が、もちろんその親との面接から得た情報も多いはずであるが、得てきた体験的ノウハウという域を出ないようなのだ。そして理論については、大学教科書の心理学の本に頼っているようなことがきちんと記されている。それが「科学的」という意味である。そして、最初には、「これは科学的に実証されたもので、どこの誰でも再現が可能です」と、わざわざ太ゴシック体にして示されている。
 個人的に、この「科学的」はまずいと思う。この一言で、いかがわしい似非科学の本と同類のグループの一冊に成り下がってしまった。心理学のうちほんの一部のものを取り出して、これぞ科学、と振りかざすのは、自分の都合のよい部分を以てこれが真理だ、と見せつけるのと同等の営みであって、決して「科学」ではない。
 本書の構成は、アメリカの教育工学者J.M.ケラーがまとめたARCSモデルというものを大々的に信頼し、築いている。Google社でも取り入れられていて、やる気を引き出すことに成功しているのだという。恐らく、このあたりがこの塾が得たノウハウの根底のところではないかと推測する。あとは、塾の現場で思いつくままにいろいろやっていく。かの心理学の本を開いてみながら、これを試してみようか、とやってみる。すると、理論通りには決していかないところもあるだろう。それでその塾の現場に合わせてアレンジしてみる。実際やってみると、本に書かれてあるよりもこのあたりを強調すると非常に生徒の反応がよくなる。そうだ、中学受験という場面においては、こう活用すればいい……こんなふうにして、心理学の理論の都合のよいところを取り入れて、また試してみて、生徒のウケがよかったり、成績が伸びたり、やる気が出たりした場合に、これぞ「科学的」なのだと確信する。そうだ、これは科学だ、と。
 推測がまるで違っていたら、すみません。どうしてこのようなことを言うかというと、同じ塾で仕事をしている身として、そのようなことは日常的にやっているからだ。どうしても親を説得するには、ある科学理論を掲げて、このような科学理論があるからそのためにはこのようにしてください、などと説得するのである。しかし、その理論が随一正しいという訳では、実はない。別の意見があることも分かっている。しかし、ひとつ自分たちで取り上げて掲げてしまったものについては、他の説があろうと、簡単には引き下げはしない、引き下げることができないのである。
 悪口のようなことばかり書いてしまったが、本書に書かれてある「知恵」は、役立てるに値するものであることは、現場にある者として、よく分かる。最後のほうの「報酬」については私は好まないが、できたねカードなどを配るという程度なら、実際やっている。かの心理学をベースにしながらも、塾ならではの事態の中でそれを適用するためにいろいろ試してみた結果を、こころに披露しているのだろう。だから、気軽にYouTubeを活用するとよいなどと言って、かなり具体的にサイトの探し方なども指南しているわけだ。
 全体的に、心理学的な面から、これはいけない、こうしろ、といった書き方で貫かれている。これに振り回されない自信と理解があるならば、親御さんは参考にしたらよいだろう。だが、これらはひとつの「知恵」に過ぎない。唯一真理であるような「科学」ではない。ご自分のお子さんが、一定の型につくられたロボットであるならば、マニュアルはすべて有効だろう。しかし、心理学的手法は科学的であっても、心理学の出した結論は唯一の真理なのではない。そんな「心理学」があったら、誰でも人を自由に操れるはずである。「子ども」という一括りの表現で、そこにいる一人が操作できるわけがない。そのことを踏まえず、盲信してしまうことが、この手の本を読んだ親にしばしば起こる怖さである。具体的にその子の個性とその親の生き方のようなものとを踏まえなければ、アドバイスは一つもできないというのが鉄則である。勉強を楽しくしよう、という提言には賛成だが、そのことをマニュアル化した瞬間に、実はこの画一操作のスイッチを押してしまうことになる。親御さんが、果たしてそれくらい教育や心理を理解し、また懐深く構えていることができるだろうか。
 科学的な分析という、引き文句に対しては眉に唾をつけて読むことができるくらいの親御さんであれば、大丈夫だと思うのであるけれども。




Takapan
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