本

『物語の役割』

ホンとの本

『物語の役割』
小川洋子
ちくまプリマー新書053
\714
2007.2

 中高生へ読みやすい新書を提供した筑摩書房。私はけっこうファンである。
 情報過多の若者たちに、適切な道しるべを与えてくれる。道しるべであるから、どの道を行くかは読者個人の問題であるが、せめて、どの道を選べばどういうところに行くのであるのかなど、見通しをつけることのできるだけの能力はつけたいし、それをとにもかくにも示しておくだけのエチケットを、先行く大人たちはもっていなければなるまい。
 今回は、文学。小説家として、まだ若い世代の著者である。芥川賞を受賞したのみならず、その後も比較的安定した執筆活動を続けている。数学者との交わりの中から生まれた『博士の愛した数式』は非常にポピュラーになった。
 作家はしばしば講演会で語る。この本は、三つの講演会の内容をまとめたものとなっている。三つの独立したものであるために、本そのものも、三つの別の話だと考えてよいだろう。ただし、「物語」を生む背景についてのテーマは、通奏低音のように響き続けている。
 きっちり構築しプロットしてから小説を執筆するという作家もいるかと思うが、著者は違う。その観点がしゃれている。自分のようなものが考えつく企画や計画に収まってしまうようなものは、もはや小説とは呼ばれてはならない、と言い、小説はもっと自分を超えて広がっていくものなのだと考えている。
 三つの講演会には、ホロコーストについて触れる部分が必ずある。ハイデガーではないが、死から反射させて今をとらえることのできる存在者としての人間であると知るがゆえに、物語なるものの世界を自分との関連の中に強く捉えることができるのかもしれない。
 ああ、そんな妙な言葉の紡ぎかたでは、著者の言いたいことの一割も知らせることができない。
 いつもいつも言うことだが、こんなに良いメッセージを、中高生などに独占させてはならない。大人は、読めばすぐに理解できて、自分を変えてしまうほどの力をもつ良い本を、学生のためのものだ、と触れようともしない。だが、それは宝なのだ。中高生に伝わるように書くということは、本当に噛みしめて理解した人でないとできないことであるし、それだけごまかしも利かない。大人こそ、自分の歪んだ生き方を修正するために、真っ直ぐな力のある若者向けの新書を味わわなければならない。
 文学がただの空想話で終わらず、人生を変え、人生を充実させるものであることが、こんなに分かりやすく簡潔に記された本も珍しい。執筆者にもお薦めである。




Takapan
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