本

『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』

ホンとの本

『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』
香山リカ
幻冬舎新書004
\756
2006.11

 この方面の本は、話題性にもよるから、2年以上前になると、古さを感じざるをえないものである。しかし、今のところそんな感じを与えることはなかった。違うと言えば、取り上げているテレビ番組が、すでに深夜枠ではなく、ゴールデンタイムに昇格しているということくらいであろうか。ということはつまり、さらにこの「ハマる」傾向は加速している、ということになる。
 精神科医として知名度のある著者である。執筆そのものにゆっくり丁寧な時間をかけているとは思えないが、現場にも立つ以上、広い経験をもっていることだろう。その中で、どうにもこれは共通したものがありそうだ、ということで睨みを利かせて、一気にそのアイディアを臨床していく。そのため、一冊の本としてまとまっているわりには、基本的に一つのことしか言っていないものであり、読者として分かりやすさはある。議論が右往左往することがない。直球であるために、はたしてその検証が十分であるのかどうか、そこはまた別問題としておかなければならないものであろう。
 日本人の、霊的なものに対する感覚は、古来いろいろな歴史を踏んでいた。遠く素朴なアニミズムがあったかと思うと、はっきりした有神論としての仏教が政策的に支配するようになった。それは諦観としての仏教というよりも、たしかに有神論だと言えるだろう。しかしまた、ハレとケの庶民感覚は途絶えることなく続き、一時キリシタンが浸透しかけたが、残虐なまでの迫害によりそれは恐ろしいものだというふうに、トラウマの如くたたき込まれた。
 こうした歴史的な経緯をもつ宗教心ではあるが、近年そこに大きな変化が見られるように思われる。この本は、こうした宗教一般を視野に入れているのではないものの、出会う患者が一様に口にする不可解な言動などから、その背景に鎮座するスピリチュアルなるものの存在を意識せざるをえなくなる。とくに、この二年前にすでにそうなのであるが、江原という名の自称霊能者については、影響を大きく与える現象として注目している。学者としての立場もあり、安易に批判することは控えていてむしろおとなしいとさえ見えるのであるが、著者は江原に対して厳しい態度を直接は見せない。それを真に受けていく、女性を中心とする大衆の動きに注目している。
 彼らは、自己にしか関心がないあまりに、そして自分の幸福だけが目的であるゆえに、ただ自分を肯定してくれるものだけを期待し、それをのみ希望と見なしているのだという。自己や問題に真正面から向き合う気など、さらさらない。こうした点が、一般の「宗教」とは決定的に違うのだ、と指摘しているように見える。だから、いかに類似用語、否はっきり宗教世界から言葉を借りて操りつつも、スピリチュアルという世界には、宗教とは似て非なるものしかないのだ、という。宗教には利他があるが、スピリチュアルには利己しかないのだ。
 一見、似た現象のように思われるかもしれないが、スピリチュアルは既成の宗教に延長していくものではない。そしてひたすら自己肯定しか認めない思考路線があり、それに介入しようとすると、厄介である。自分で思考する姿勢がないというのは、教育的な視点でも私は感じるものがある。他人に理解してもらおうと説明することを端から諦めているとなると、これからの人間の精神の行く末はどうなるのであろうか。
 著者は、ここまでは問わない。それはこの小さな本の仕事ではない、と考えているかのようだ。だが、「宗教」の側では、そうはいかない。重い課題を呈してくれたものだ。




Takapan
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