本

『帰ってきた空飛び猫』

ホンとの本

『帰ってきた空飛び猫』
アーシュラ・K・グウィン
村上春樹訳
S.D.シンドラー絵
講談社文庫
\621+
1996.11.

 returnだから「帰ってきた」なのはその通りだが、なんだかウルトラマンのようで、わくわくしてしまう。もちろん、先に『空飛び猫』を読み、その続編があると聞いたから探したというわけである。前作と同様の絵本であるが、れっきとした文庫である。子どもに読み聞かせするべきものなのかもしれないが、それにしては少しばかり長い。おとなが見て楽しんでいいのではないかとも思う。
 4匹の空飛び猫の子どもたちが、都会の裏筋から飛び立ちなさい、と母親に言われて長閑な自然の中に落ち着いたというのがその最初の物語。そこで兄妹に気に入られ、大切に扱われる。
 お母さんはどうしているだろうか。気になった空飛び猫たちは落ち着かない。4匹のうち、ハリエットとジェームズの2匹が、戻って様子を見てくることになる。皆がいなくなったら、兄妹が悲しむだろうというので、ロジャーとスーザンは残ることにする。
 ひとつのキーワードは「帰巣本能」。確かにこちらだったのでは、と感覚を頼りに、ちょっとした冒険の中で懐かしの場所に戻る。ところが、そのスラム街のようなところは、次々と建物が取り壊されているところだった。お母さんがいない。その場所も姿が変わっている。2匹は焦る。
 探している中で、黒い猫と出会う。4匹よりももっと幼い子猫だが、2匹に対して敵対心を示すばかりだ。その子も羽が生えている。
 その子を通じて2匹は母親と会えめでたしめでたしというところだったが、母親はその子も連れて行くように2匹に言う。子どもの独立を願う親の気持ちは、人間よりも猫のほうが立派であるのかもしれない。
 さて、この羽の生えた子猫については、ここでは正体を明かさないようにしておく。この子はまたさらなる続編の中で活躍することになるようだ。
 長閑な森と都会の裏通りとを往復する2匹だったが、途中で教会の屋根で休む。それは最初の物語にあったひとつのシーンであった。あまり重要でないようなシーンのようにも見えるが、私は最初から気になっていた。どうしてここで教会が出てくるのだろうか、と。すると今回、その教会が重要な役割を担っていた。帰巣本能にまだ不安のある2匹が、空飛び進む中で、見覚えのあるその教会の屋根を見て、こっちでよかったのだと安心するのである。道を間違っていないという道標として教会があるというのは、なんとも象徴的なことではないだろうか。
 今回も前作に続き、村上春樹の訳である。猫好きがこの物語を知り、見逃せないではないか、と翻訳に乗り出した。前作もまた、巻末に、訳し難いところ、あるいは必要な情報を伝えなければならないところについて、英語に関する解説を付けていた。その形式は今回も守られている。英語だからこそ成り立つ掛詞のようなメッセージは、日本語にすんなりできるものではない。最初の作品でも、「にんげん」を聞き間違えて「いんげん」としたのは、原語の感覚を少しでも伝えようとする、訳者のファインプレイだった。今回はそれを解説の中でしか伝えることができなかったふうでもある。「ミィ」と子猫が鳴くところは、英語としては「ME」と自分のことをアピールする声にもなっていたのである。これは本文を読んでいるときには私も全く気づかなかった。
 こうした解説は、英語に対する親しみをもぐんぐん増やしてくれるのではないだろうか。
 なお、今回も、漢字のふりがなという点では、基準がよく分からない。日常あまり普通には使わないかもしれない訓読みにあるのは分かるが、めったにふりがながない中で、「歳」には「とし」、「鍵」には「かぎ」とつけてあるのは、少し唸ってしまった。子ども自身が読むよりも、大人が読むためのものであり、おとなが読み聞かせればそれでよいのであるから、とりたてて言う必要はないのだけれど。
 それと、もうひとつ。本のつくりの上でのことだが、挿絵と物語のシーンが微妙にずれているようなところに絵が掲げられていることが時々あって、そこは揃えてほしいと思うことがあった。編集する側としては難しいところかもしれないが、さらによいタイミングで、魅力あるイラストをぶつけてきてくれたら、と思った。
 猫が空を飛ぶはずがない。こんなくだらない本、と思うかもしれないけれども、村上春樹は言う。世の中に1冊くらい、こんなありえないファンタジーがあってもいいだろう。これは、彼がラジオ番組などでもよく言う考えにつながってくる。文学は効率でもないし、何かの道具に使われるような思想でもない。人の自由を尊重する場であり、自由が尊重されていることの証拠なのだ。このような考えに対しては私は大賛成だし、だから、この作家に惹かれるのかもしれない。私も十分、この物語の世界の空気を吸い込んで喜んでいる一人となっているはずである。




Takapan
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