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『SNSの哲学』

ホンとの本

『SNSの哲学』
戸谷洋志
創元社
\1400+
2023.4.

 創元社と聞くと、推理小説が頭に浮かぶが、あれは「東京創元社」という、のれん分けされた別会社だそうだ。この度新しく、10代以上すべての人のための人文書のシリーズとして、「あいだで考える」というグループの本を刊行し始めたという。その第二のものがこれで、予定書もなかなか挑戦的な、興味深いタイトルが待ち受けている。
 戸谷洋志氏は、先般Eテレの100分de名著で、ハイデガーの『存在と時間』を、人生哲学のサイドから分かりやすく話したことで有名になった。ハンス・ヨナスの哲学でも知られるし、Jポップや棋士などから思索を深めることで、哲学を近づきやすいものにしている点でも貢献していると言えようか。
 今回は、テーマはSNSである。全体的に、Twitterを踏まえているように見えた。これなら10代からでも知ってもらえることだろう。肝腎の「あいだ」というコンセプトからすれば、「リアルとオンラインのあいだ」が考察されるようだ。
 本書は「はじめに」から読むべきである。SNSについて大人が哲学などと言い始めると、人を傷つけないようにとか、フェイクを流してはいけないとか、そんなお説教が待っているのではないか、という読者の心配を一掃してくれる。もちろん、それも大切なことだが、ここでマニュアル的なことを述べようとしているのではない、と著者は言う。「SNSを使っているあなた自身が何者なのか」という問いを投げかけるつもりなのだ、と宣言する。
 そう、それでこそ哲学という看板を掲げるに値する。しかも、それを問い、思索しようとするところに、哲学たる所以がある。そして、ここから知識を得るのではなくて、「あれこれ思いながら読んでほしい」と著者は言う。本音だろう。哲学と名のる者は、さあわしの説を信じろ、と迫るようなことをしない。一人ひとりが「哲学する」生活へと誘われてほしいのだ。「考えたい」という好奇心を呼び起こすものであってほしい、という願いは、本当だろうと思う。こういうところを、ちゃんと味わってから、それでいて楽しく読んでいってくれたまえ。
 内容については、およその地図を示すに留めるので、関心をもたれた方は、ぜひ自分の思考のために本書で考えてみて戴きたい。
 まず「承認」されたいのは何故かを問う。夢中になってtweetしている若者たちは、それがどうしてなのかということを逐一顧みながらやっているわけではない。これは大きな挑戦となるだろう。たぶん、これを考えてみることについて、若い人たちは概ね関心があると思う。ちょっと立ち止まって考えてみよう、という誘いをこのシリーズが狙っているとしたら、悪くない試みだと思う。これからも期待したい。
 本書はさらに、とくにストーリーズを通じて、時間を作り出す営みに注目し、ハイデガーの時間性への眼差しを共にしようと誘う。さらにつぶやくというのは本来人に聞かれたくないものであるが故に、気軽に書き込めることを前提にし、なおかつヘイトスピーチやフェイクニュースに至る問題を考える。いわゆる炎上についても語ろうとする。ここで著者はウィトゲンシュタインを登場させる。こうした入口を用意するのもなかなか好い。実はこれまでの章でも、哲学者を少しずつ指し示していた。承認ということではヘーゲルだった。
 続いて、見た広告や記事に沿って同様のものを流し込むアルゴリズムについて明らかにする。それは偶然性に近寄らず、責任を負わないシステムにつながっていく、という辺りになると、少し難しくなるかもしれない。ここで登場する哲学者は、ベルクソンである。なるほど、このアプローチは、ベルクソン入門としてももってこいであるかもしれない。
 最後に、世界を動かした連帯の背後にSNSが活躍した例を挙げるが、さて、若い人たちはそれらのニュースさえご存じかどうか、そこは不明である。でも10代以上のすべての人のためであるから、それはそれでよいだろう。そうした連帯の背後には、組織は必要なかった、という着眼点が光っている。そうして登場するのがハンナ・アーレントである。その許しと約束の力のことを考えようというのである。
 哲学者の紹介は、その哲学者の全般を示すためのものではない。あくまでも、いま問題になっているSNSにまつわる方面だけのものである。この禁欲的なところがいい。へたに、それではアーレントの哲学を紹介しよう、などとなると、きっとつまらなくなる。そこから先は、興味をもった人が守備範囲を広げればいい。また、それくらいの分量なのである。電車の片道か往復くらいで読めてしまうかもしれない。
 だが、それで終わりとするのはもったいない。「おわりに」で著者は、またふと本棚から本書をとり出して、「考えたい」という気持ちをとり戻してほしいと言っている。よい誘いかけだと思う。最後には、読書ガイドがある。本のみではなく、映画などもある。但し、いきなり『精神現象学』というのは、読者に少し厳しかったかもしれない。四つ目の項目でようやく「ずっと真夜中でいいのに。」が出てくるが、よかったら最初がこれであってほしかった。確かに、真面目なよい本が多く挙げられているのは確かなのだが。




Takapan
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