本

『図説 宗教改革』

ホンとの本

『図説 宗教改革』
森田安一
河出書房新社・ふくろうの本
\1890
2010.6.

 宗教改革について教えてくれる本は多々あれど、この本はまた狙いがはっきりしている点が興味深い。エピローグと称する最後の部分に、それが書いてある。宗教改革は何をヨーロッパにもたらしたか。「宗教改革は中世ヨーロッパ社会を打ち壊し、絶対主義的な主権国家を作り出すという結果に終わった」のだという。この王権の強化に至る背景や、そもそもの宗教改革がどう起こっていったのか、成り行きはどうか、そんなことを国別に整理していたのが、この本の使命であった。世界史の教科書にあったような名前や、それにも載っていなかったような名前が、あちこちに並ぶ。王侯貴族の姿は、様々な自画像に描かれている。しかし、いわゆる教科書的な味気なさはない。それぞれの人物がどのように考え、行動し、対立したか、厭きない程度に詳しく記されている。これはその描き方にもよるのだろうが、各人物がかなり自分の思いのままに生きようとしていたかということだ。地位の高い人々ばかりがそこにいる。国王とそれにまつわる人々だ。強い権力をもっていたであろう当時、自分が正しいと思うことをやり通すだけの自己本位性がなければ、国を治めるということはできなかったのだろう。
 もちろん、この本の最初は、ルターである。それから、ツヴィングリとスイス、次がカルヴァンであり、フランス、イングランド、スコットランドにオランダと続いて記述が終わる。ヨーロッパを動かした意味では、宗教改革ではなく、欧州改革となったということがひしひしと伝わってくる。宗教はともすれば建前にもなる。それを材料にして、政治制度をも変えてしまう。国王や諸侯の思惑が重なり、平気で戦争に発展するし、戦争で勝った者がその地域を治め、その地域の君主が抱える宗教を、地域の住人もすべて信仰しなければならないという事態になる。日本の戦国時代あたりと何も違わない。
 概して、ヨーロッパというと、先進的な国々という目で見ようとする傾向が私たちの受けた教育からはあるものだが、当時はむしろアラビア諸国のほうが優れた制度や文化をもっていたとも言われる。そしてアラビアのことはさておき、この本で当時の社会を見ると、確かに、人間は大したことをしているわけではないということがよく分かる。できるならば、ヨーロッパ諸国にしても、触れられたくない過去という辺りではないだろうか。
 そして、この宗教改革という運動が政治を巻き込み、各地の国王を教皇やカトリック教会の束縛から解き放ったこともあり、地上の王たる者が絶対的な権力をもつに至った。この辺りの経緯が、王室のごたごたも含めて詳しく描かれている本である。
 図説とあるからには、写真や図版が実に多く、その意味でも読みやすい。見ているだけでおよその筋道が辿れるというのもいい。私とて、細かな王室の混乱を逐一理解しているわけでもないし、それを読み進めたとも言えない。ただ、ともすればキリスト教徒は、カトリックとプロテスタントそれぞれの側で、この宗教改革を、きわめて聖書の理論そのものとして見る傾向があるかもしれないけれども、実のところ非常に人間くさい、欲と利とに導かれた社会の動きであったことを、はっきりと目の当たりにするのである。さらにそれが、ただ人間の罪によるものであるというよりも、すべてが神の手の内にあるようにまで見えてくると、再びこの出来事が、聖書から、あるいは信仰から俯瞰したものとして受けとめられるようになるであろう。宗教改革はそれ自身神聖であるとか、逆に叛逆であるとか、そうした単純な見方で見るよりは、もっと健全な歴史観というものがあるのではないかというふうにも受けとめられたのである。
 それにしても、最も印象に残ったのが、イングランドの国教会へ向けての動き、ヘンリ八世の周辺である。この人と、妻にした数々の女性、その子どもの王位継承など、傍から見る立場で言って申し訳ないが、実に面白い。




Takapan
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