本

『詩を書くってどんなこと?』

ホンとの本

『詩を書くってどんなこと?』
若松英輔
平凡社
\1400+
2019.3.

 中学生の質問箱というシリーズの一冊。全編が、Q&A形式で進められていく。それでもよくあるように、一頁一問というような形式に囚われず、短く答えられているところもあれば、長く語っていくという場合もある。恰も対話術を楽しんでいるかのように、一連の対話の中で説明が展開していくような構成となっている。
 このおじさんが、詩を書くことについて何でも訊いてくれと言うので、それに関する中学生が懐きそうな質問が現れ、深まっていく。なにも実際にアンケートをとって答えているわけではないのだろうと推測する。一部そうしたものも含むかもしれないが、質問も含めて、著者の力量なのだろうと思う。しかし、本シリーズの目的は、疑問に思うこと、問うこと自体が大切なのだというコンセプトを保持することにある。それ自体が哲学の営みであるのだが、これを哲学という名前で呼んだり講義をしたりするようなことはない。読み物として十分楽しめる形で、詩を書くことについての誤解を解きつつ、しだいに具体的に方法として導くようになっている。
 姿勢は概して、とにかく書いてみよう、書けばいいんだ、という呼びかけである。何かしら理屈やテクニックを覚えてそれを使う、などという考えはとらない。自分の中のものが出せるように、素直になっていく、そして人それぞれ違ってよいのだということを、幾度も繰り返して説得するかのようである。
 そもそも、「はじめに」にある、セロ弾きのゴーシュの話がいい。ここでもう泣けてしまう。うまく書くことが詩にとり大切なのではない。真摯に、真剣に書くことがあればよいのだ。それは誰かの心に届くだろう。万人に受けなくてもよい。大切な一人のために、あのひとにその言葉が届けられたら。
 そう、詩を書くということについて長々と道を辿り、最後に行き着く先は、この誰かに届けるということである。ただ自己満足で書くのもよいかもしれないが、誰かのために、心を届ける。そのために小さな詩集を編むようにもちかけるのである。詩を贈る方法まで助けてくれるという、詩の書き方の本は珍しいのではないだろうか。詩そのものを書くだけでなく、それを形にして、誰かに届けることを推奨しているのである。そこまでして初めて、自分の中でその詩が生まれたことに意味が付せられる。誰かと共有する詩であってこそ、その言葉は命をもつ。
 著者はカトリック信仰をもっている。そのことを敢えて強く持ち出すようなことはしないが、そこかしこで、聖書の背景が香るような優しさと、悲しみを自らの痛みとして味わうことが現れているように見える。悲しみについて様々な角度から論じている著者であるから、そういうことを最後のほうで畳みかける。心の叫びとしての詩がどんなふうに生まれるのか、またそこにどんな力があるのか。幾多の詩人の例を挙げながら、詩を書くことの真剣さというものが明らかにされていく。
 だから、詩の読み方の教室になっているのも事実である。著者の好みが集められている点は否めないが、詩を味わうことが、詩人との出会いでもあるような思いを懐くようになるのではないだろうか。
 詩学なるものの意義についても触れるから、詩について広範囲に学ぶことができるのも確かである。たんなるお茶濁しの入門書ではない。著者はその意味でも、本書を真剣に綴っている。中学生にも十分通じる言葉で、説かれていると思う。
 ひとつ、私自身慰められたことがある。それは、途中で、井筒俊彦のことが持ち出されてくるのだが、そこで「コトバ」と表記する事柄の説明がなされていた。私も了見の狭いもので、その重要性についてこれまで知らなかった。いや、知らなかったのは、井筒俊彦がコトバとすでに表記していた、という事実のほうであって、実は私自身が自ら、コトバという書き方をして、ある意味をもたせて用いていたのである。それが、私の考えていたことが説明されているかのように、井筒俊彦の名のもとに、コトバのことが説明されている。もちろん、井筒の哲学に基づいた、深い背景をもつ概念なのであるから、こんなに簡単に言ってしまってよいのかどうかためらうほど、中学生向けである。だが私はその説明だけから十分分かる。私の中で用いていた意味と同じ世界がそこにあるからだ。コトバというのは、表向きのテクストのことではなく、ここにあるように、声にならない声、文字にならない言葉のことである。私はそれをまた、ココロという表現でも用いている。言語ではない、ひとのココロが現れている、感じさせる、それがコトバなるものだ。
 さらに言えば、言語の言葉という形をとりながら、ココロを無限の広がりをもって含みもち、にじみだし、香らせているというのが、詩と呼ぶに相応しい詩であり、また、一つの世界であるのだろうと思う。
 中学生にどのように伝わるか分からないが、ユニークな、そしてココロを大切にする詩である。そして、励まして背中を押してくれる人がここにいる。とにかく書けばいいんだよ、と。勇気が与えられることだろうと思う。




Takapan
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