本

『視点を変えて見てみれば』

ホンとの本

『視点を変えて見てみれば』
塩谷直也
日本キリスト教団出版局
\1200+
2019.1.

 19歳からのキリスト教。サブタイトルには、実は思い入れがある。詳しくは本書をご覧戴きたいが、著者自身が19歳のときに転機を経験したことに基づくと理解しておこう。しかし、内容は何も19歳に限定されて読む必要はなく、何歳でも心に響いてくる。もちろん、若い世代に伝わりやすく配慮されているが、誰がどう読もうと差し支えないと思われる。
 ひとつのテーマが8頁くらいでまとめられ、そのテーマはキリスト教の世界からするとオーソドックスなのであるが、これは実際に読んでみると、思っていたのと違うことが分かるだろう。タイトルは伊達ではない。確かに「視点を変えて」くれるのである。
 分かりやすさという点では、二つの対比的なイラストが目を惹く。たとえば「恩送り」という回。この言葉もずいぶん有名になったが、それともまた少し違う。イラストの第一は、ボウニンゲン的な人が2人、キャッチボールをしている。次の頁には、大勢の人がボールを送り合う様子が描かれている。バレーボールをイメージしていることが文章から分かる。次々と出会いが起こるという様子を表しているというのだ。次の人に送るというだけでなく、そこに違いの関係ができていく様子が説明されている。そして、そこには自分を愛する者だけを愛するのではなく、敵を愛するという聖書の言葉が引かれてきて、聖書の教えを生き生きと伝える役割も果たしている。ただ、目的は私たちの悩みの解決のほうだ。聖書の解説ではない。
 著者は若い頃からいろいろ苦労を重ねて、人生の意味を時に見失いながら、国際基督教大学や東京神学大学で学んでいる。牧師を経て、青山学院大学の教授となった。だからいまは学生に教育という形で学問的な交わりを実践していることになるが、それだけに学生を前にどう語れば伝わるか、何を聞いてくれるのか、そうしたことが経験上熟知されているのだろうと思われる。とにかく語りがうまい。嫉妬するくらいにうまい。ああ、そのように話せばいいのか、と各頁で教えられる気がした。その意味で、120頁ないほどの本だが、実入りは大きいと考えてよいだろう。
 私は実は別の文章を読んで塩谷直也さんに触れ、この本を取り寄せた。そしてさらにもう2冊、探して送ってもらった。この人の文章には心がある。あるいは、この人の心が私にはよく伝わってくる。挫折を知り、また悩んだ末に、見出したこと、与えられたことを、また次の若い人に届けたい、その人にこの福音の世界を見せたい、その国に住むようになってほしい、どう表現してよいか分からないが、そのスピリットは私なりに感じることができたということだ。
 ようやく最近でこそ言われるようになった、「逃げろ」というメッセージ。本書でも「逃げろ」という章にそれが顕著である。しかしそれを、聖書を基に語るというのが、強みである。たんに感情的な思いつきで世間の空気に合わせている訳ではない。そこには、「聖書の思想は、この「死んでも逃げるな」に対し挑戦します。なぜならその基本姿勢が「逃げてでも生きろ」だからです。死ぬぐらいなら、逃げろ! 最後まで生きる道を探せ!」と書かれている。これは下手をすると、一昔前の基督教では正反対のことを教えていた。「愛に死ぬ」ことを理想のように洗脳めいた言い方で浸透させようとする教団もあった。それは、教団の言いなりに操るための方策であったことが、当人たちも気づかないままに用いられていたと思われるのだが、他方生温いプロテスタント教会では、なかなかそんなことはできませんよね、とお茶を濁して笑い、ダメな人間でも救われるのです、というあたりが福音的なメッセージと考えられていたフシがある。だが、同じ聖書から、「逃げろ!」のメッセージがこのように出てくるようになったのだ。過去の自分に死ぬ、それは本当である。自分が死に、キリストが生きる、それは確かなことだ。しかし、それは自殺を勧めることでもなければ、死を恐れず勇敢に戦うことへのエールでもなかった。戦わないこと、逃げること、しかしまずは「生きよ」という叫び。これを、私は次第に理解するようになった。そしてこの本もまた、その方向で徹底しているのだ。著者のその意見は、教育の世界での不幸な出来事からの訴えであった。逃げるのは負けだという思想もあり、救いはそこにはない、と言いたくなる人もいるだろう。しかし著者は言う。「逃げてもそこに神はいる」のだ。逃げようが逃げまいが、救いには関係がない。神は「決して見捨てない」のである。この宣言は、どれだけの苦しい子を、苦しい人を、助けることになるか知れない。
 人を生かすメッセージが肝要だ。私はそう信じてやまない。その意味でも、この本は珠玉のアドバイスに満ちている。キリスト教の生き方を学びたいなら、間違いなくこれを選ぶとよい。




Takapan
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