『死ぬ瞬間 死とその過程について』
E.キューブラー・ロス
鈴木晶訳
中公文庫
\1048+
2001.1.
1998年にこの単行本が発行されている。日本でも大きな話題になった。厳密に言えば、最初に話題になったのは、1971年の訳である。しかし「訳者あとがき」によると、そこにはインタビューの多くが省略されていたことなどにより、今回そのすべてを明らかにした、ということであるらしい。
キリスト教会の牧師も、かなりの関心をもって読んでいたようである。説教の中で言及されることもよくある。本書の多くはインタビューの掲載であるが、近い将来の死が確実である患者、病における末期の患者に、たくさんのインタビューを試みており、その場には、もちろん精神科医としてのキューブラー・ロスがいると共に、しばしば医学生と神学生がいる。アメリカにおいては、末期を見守る者として、医師や看護師と共に、牧師や司祭がいる。患者の多くがキリスト教徒であるという時代であるから、死の問題は、宗教的な問題でもあったわけである。
私はいまなお、これを読み通したことがなかった。今回書店で見かけて、読みたいと思ったときが、読むべき時である、ということになったのだ。
牧師はしばしば、本書が主張している、死の受容の段階というものに触れてきた。
実のところ、邦題の『死ぬ瞬間』は、先の訳者がつけた独自のものであった。原題は、そのサブタイトルのほうが近い。単に「瞬間」のことを伝えるのではなく、本書が知らせるのはプロセスである。
そのプロセスについては、多くの人が言及しているから、この場で触れても悪くはないであろう。自分が末期の患者であることが分かる。それが告げられる。そこから、「衝撃」「否認」「怒り」「取り引き」「抑鬱」「受容」そして「虚脱」と共に「死」を迎えることになるのだという。もちろんそこにはオーバーラップする部分があるし、順序が前後するようなこともあろう。人によっては、段階を飛ばすようなことがあるかもしれない。が、多くの患者にインタビューをしてきた中で、精神科医としての著者が分析して構築したのが、この段階である。
引用されるのはおもにここである。だが、私がこれを説教の中で聞いたのは、インタビューの部分が省略された版の時代である。その後本書が出てからは、細かなインタビューの実例が手に入った。いまならむしろ、この実例に触れるのがよいと思うのではないだろうか。
様々なタイプの人が、それぞれの段階で語る。本書は、基本的にあの段階を基に展開されている。もちろん、ただインタビューが掲載されているわけではない。逐一そこに解説があるわけだし、次のインタビューをどう評価すべきかということについても、よい道案内をしてくれる。そのため、非常に読みやすい本となっている。
中には、非常に信仰深い人がいる。これは、日本人の一般読者にはなじめないかもしれないが、キリスト者には、たいへんためになる。あるいは、羨ましいと思うところだろうか。そこには、精神的にどういう状態になるか、ということの他に、明らかに宗教というものが介在してくることになる。果たしてそれは、「死」への備えとして、心理学や精神医学のために、適切であるのだろうか。それとも、そういうフィールドをも含めた形でこそ、「死」を受容してゆく真実がある、とすべきなのだろうか。
本書は、「宗教」の存在を特別視している様子はない。当然そこにあってもよいし、なくてもよいものでもあるのだ。私も、それでよいと思う。
時に、患者へのインタビューではなく、その家族へ尋ねているものも掲載されている。周囲の人がどう受け止めてゆくのか、これも確かに重大な関心事であるべきである。当人だけではなく、当人を見守る家族や親にとってどうなのか、これもまた大切な注目点なのである。さらに、医療スタッフにもダメージが伴うことがある。そこも視野に入れてたくさんの資料を入れてくれるため、読者は多角的な捉え方をすることができるチャンスを得ていると言える。これは有り難いことである。突然の死の宣告は、当人はもちろんのこと、家族をもパニックに巻き込むであろう。親しい交わりをもつ周囲の人々にもそれは及ぶ。できるだけ、関わる多くの人々にスポットライトを当てるというのは、ありがたい配慮である。
但し、本書の成功の後、キューブラー・ロスは、臨死体験を含み、神秘主義的なことを主張するようになったことが、「訳者あとがき」に述べられている。本書には続編などもあるが、そこにおいては、読者は気を付ける必要があるのだという。それでも、本書自体の価値が失われることはない、ということを訳者は強調する。これが理論として定着しているかどうか、ということよりも、本書が書かれた1969年の頃のアメリカにおいて、「死」がどう見つめられていたか、を知るための貴重なデータになるはずである。
この頃、アメリカにおいてでさえ、病状の真実を患者に告げることは、必ずしもよしとされているのではなかったようなのだ。また、「死」を話題にして患者にインタビューすることで、著者自身も一部から散々嫌われ、悪口を言われている。私が読んだのは、そこから半世紀後。時代はかなり変わってきた。ではいまはどうなのか。それについては、また新たなキューブラー・ロスが現れなければならないのかもしれないし、もしかすると一人ひとりが学んでいかなければならないのかもしれない。
文庫本で450頁、たっぷりじっくりと読みたい本である。

た
か
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