『若い読者のための心理学史』
ニッキィ・ヘイズ
月沢李歌子訳
すばる舎
\3200+
2025.12.
ついに読み終われなかった。図書館から借りたので、返却しなければならない。不本意だが、見渡しての印象をここに記すことにする。
ハードカバーで330頁、最初から最後まで、心理学史で突っ走る。普通あるべき「まえがき」や「あとがき」すらない。確かに第1章は「はじめに」と題されているが、そこにあるのは「心理学」が多様であることを指摘したら直ちに、古代ギリシアの具体的な叙述が始まる。プラトンやアリストテレスといった哲学者や、医師のガレノスが上がってくる。そこには哲学一般のような言及があるものの、心理学に関わりのある範囲で、語りが始まり、延々と続いてゆくような感じがする。
しかし第2章では、たちまちデカルトが登場する。こうして、背後にある哲学の歴史を基盤にするようにして、次々と人物が登場するようになる。
人物名はゴシック体で目立つようにしている。そこからその人物の思想の説明が始まるわけで、ほぼ8頁の分量を保持しながら、まとまった何人かの人物をひとつの章に置きながら、叙述は進んでゆく。
これは教科書である。「若い読者のための」というタイトルは、そういう意味に受け取った。図版や表があるわけではなく、ただひたすらに、語りが続いてゆく。時折その心理学者らしい顔のイラストが入るものの、ごくわずかと言っていい。注釈と呼べるようなものはなく、ただゴシック体の人物名に、ポイントを落として2行になった亀甲括弧付けで、生没年があるくらいだ。他には、心理学の用語が突然現れたときに、それと同様の形式で、ごく短く国語辞典並に解説が入れられているということのほか、欄外に何か説明を設けるということもない。
すると、これは教科書であるという見方の他に、授業の収録だ、と理解することもできるような気がする。8頁語るのにどのくらいの時間が必要だか知れないが、講義ひとつだとすると、全部で40コマ、これは1年間の講義と見ておけばよいだろうか。過去から現在に至るまで、そして今後の見通しへと心理学の歴史を辿る1冊となっている。
章のタイトルは、必ずしも定式がない。ただ、象徴的な章題に続いて、具体的な案内が付せられていて、内容が知られやすくなっている。たとえば第4章の「精神物理学と初期の心理学」については、「心の能力を測定する」という具合に示し、忘却曲線で有名なエビングハウスまで書かれている。
かと思えば、第10章で「社会生活の理解」という章題ではまるで内容が分からないところへ、「社会心理学の父 : オルポートとヴント」と人物名が書かれることもあるし、同様に第14章の「発達する精神」も、「ピアジェ、ゲゼル、ヴィゴツキーの育児論」と挙げられれば、そういうことか、と見当がつくようになっている。
襟を正されるような思いがするのは、第17章の「心理学、戦争に行く」という項目である。「ターニングポイント : 応用心理学と軍事研究」という副題で、たとえば「戦意高揚のための心理テクニック」の開発が指摘されている。それは兵士にのみ関わるようなものではない。「説得術やプロパガンダ」の研究が一掃進んだことを含んでいる。また、後日PTSDを発症するケースに対しての対処のための研究も必要だった。戦後急を要したのは第18章の「ナチズムを説き明かす」に、特に人間の「攻撃性」についての問題であった。
この時点でまだ章は半分である。如何に心理学が最近発展してきたを物語る。「ストレス」という問題や、「社会心理学」の必要性、「コンピューター」の登場によりどう研究が進むか、あるいは情報処理能力をコンピューターになぞらえて考えるという方法も立ち上がった。
学習のための心理学も必要になったし、知能検査についての問題や議論もまとめられている。最後の数章は、本当に最先端の現代的課題や手法が挙げられており、古典的教科書では言及されない問題についても記されている。
人の「心」、それはいまや心理学という名の分野で盛んに論じられ、研究されている。だが、言語分析だけで済むようなつもりだったウィトゲンシュタインでさえ、後期では方向転換し、人間の心がどう言語を用いるのか、というような視点に変わってゆく。まだまだ「心」の理解のためには、紆余曲折があるような気がする。少なくとも、それを脳内物質の化学的反応だけで説明し尽くせるような錯覚を、私たちは避けなければならない。「心」へのリスペクトが求められる次第である。

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か
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