『死の棘』
島尾敏雄
新潮文庫
\560
1981.1.
定評のある作品だけに、ずっと読みたいと思っていた。よし、と思い探したが、なかなか手に入らず、結局ウェブサイトから入手した次第である。
カトリックの洗礼を受けた作家である、というふれこみが聞かれたので関心をもったのだが、実のところ洗礼を受けたのは40歳になる直前であり、そこへ導いたのは妻のミホさんだったようである。
本書は、トシオとミホの夫婦の物語である。つまり、自身の体験を基に描いている。どこまで実話でどこからが創作なのか、それは私のような者には分からない。研究者は調べているのかもしれないが、それはべつにどうでもよいと思う。私には、ほぼすべてが事実か事実に近いのではないか、というくらいに感じられる。
突如、妻が私を責めるところから始まる。結婚10年、もう自分は必要ないんでしょ、ともちかける。あたしが好きだったの、と問い詰めてくる。私の浮気を知ったのだ。いきなり初めから修羅場である。
ストーリーをここで説明はしないのが私のモットーだが、実はこの冒頭だけで、ストーリーの全部を話したようなことになってしまう。
妻が責める。私は低姿勢で妻の要求に従うばかり。死ぬなどともちかけると、怒るわけにもゆかない。子どもも二人いる。二人はお母さんを気が狂ったと無邪気に言って回る。子どもに危害を及ぼすことはないが、生死に関わるようなやりとりも起こる。
どこかで少し穏やかな風でも吹かないか、と頁をめくるが、どこにも安らぎがない。延々とこの陰鬱な空気が漂う。かなり緊張が走る場面もあるが、妻はますます狂気に襲われたようになってゆく。精神科も受診する。
小説自体は1960年から部分的に書かれている。もしかするといくつかの別の小説のように見られていたのではないかと思うが、これが本書にまとめられるまでに最終的に結ばれるのは1976年である。当時の言葉の常識というものもあり、いまでは公には発されない語も多々見受けられる。精神症状についての描写も、いまとは違う名前が付いている。そうた時代的なことは、いまの読者は当然理解して読むだろうとは思うが、逆に妙に差別用語から隔離された学習しかしていないと、これは何だということになるかもしれない。
しかしともかく、物語は最後に来ても、さらにまた入院ということになり、とりたてて救いが訪れているわけではない。文庫本で500頁、全く陰鬱で救いのない話ではあるのだ。
タイトルの死の棘というのは、パウロの言葉に由来する。その「死の棘」という言葉が、以前の聖書からは見られない、ということで、解説の山本健吉氏が詳しく述べているのであるが、カトリックの聖書に「とげ」と読むものがあると島尾氏本人から知らせがあったことが、「追記」として解説に加えられている。
そしてこの解説が、実にすばらしい。それはもちろん粗筋をまとめるようなものではなく、本書の背景と自分がこの解説を担ったのは何故かなど、生き生きと読ませてくれる内容であるのだ。そして、このコリント書の言葉について、かなり詳しく記している。まるで、聖書の解釈を教えてもらうかのように、だが信仰という観点ではなく、文学を見る眼差しの中で書かれているように、感じるのだ。聖書というのは、このような説明の仕方があるのだ、と驚いた。いかにも信仰しましょう、というふうにもちかけるのが説教であるし、信仰書である。あるいはまた、聖書の研究書なら、ギリシア語がどうの、などと書くことだろう。しかし、ここに「美」を交えて説明するというのは、私はとても新鮮で、そして正にこの解説そのものが美しい、と思った。
確かに、「やりきれない地獄図」ではあるだろう。「暗い作品」であるに違いない。「救われない」と思ったこともあるという。だが解説者は、それは、読者の「陥りやすい穴」であるという。むしろこれは「明るく、回癒と甦りへの感謝と、愛と勝利への讃歌に充ちているのだと言うべき」だというのだ。
執筆期は、作者が洗礼を受けてやがてという頃であり、「敬虔に贖罪の生活を送っていた時」であるのだというそこに、この死の棘が死をもたらすものではない、という。
パウロの言葉、コリント前書15:55-58を、山本健吉氏の引用のままに、ここに挙げて結ぶことにする。「『死よ、なんぢの勝は何処にかある。死よ、なんぢの刺は何処にかある』死の刺は罪なり。罪の力は律法なり。されど感謝すべきかな、神は我らの主イエス・キリストによりて勝を与へたまふ。然れば我が愛する兄弟よ、確くして揺くことなく、常に励みて主の事を務めよ、汝等その労の、主にありて空しからぬを知ればなり」

た
か
ぱ
ん
ワ
イ
ド