本

『神学部とは何か』

ホンとの本

『神学部とは何か』
佐藤優
新教出版社
\1785
2009.6.

 神学部出身であるが、いろいろな経緯もあり、政治的にまた特異な経験をもつ人である。最近、多くの著書を世に出している。特に2010年の秋に、新書という形式で新約聖書を出したことは、一般の人々にも話題に上った。そのときにも、コラム的に著者の考えや説明を加えたことにより、ただの新共同訳聖書を新書にした、というのとは意味が違う面があり、また、著者の思想から聖書が読まれるという可能性をそこに含んでいたものと言える。
 さて、この本は、神学部というものを焦点に当てた本である。そのために様々な側面から光を当てているというのが率直な印象である。
 まず、「神学」とは何であるのかをはっきりさせている。しかし、それもありきたりの説明ではない。これがこの著者のウリであると私は思う。彼が噛み砕いた形で、従来には言明されたことのないような角度から、その本質を提示するのである。たとえばここでは、神学は「虚学」であるという。そのような言葉が一般的であるのかは私は知らないが、要するに「実学」の反対であるという。役に立たない、というのである。この観点は巻末のほうでも幾度も触れられ、それが何かに「役に立つ」と鉤括弧で現れるケースが目立つ。
 神学が、聖書神学・歴史神学・組織神学・実践神学の四部門に分かれることを挙げると、それが学問であるのかどうかを検討する。このスタイルは、ドイツ哲学の伝統である。その対象分野ははたして「学」であるか、「学」として成立するのか、という問いである。この点でも、著者の観点あるいは信念に基づき、だがまた説得力のあるやり方で押し通してくる。神学は、信仰のためにも必要なものであるとするが、それもありていの説明ではない。他の学の基礎にもなる面にも触れるが、とにかくこうしたユニークさが、確かに面白い。比較的薄い本にこの価格であるのは、私のような者には痛いような気がするのであるが、読み始めると、それだけの面白みを与えてくれる点については、全く不満はもたなかった。神学的なエンターテインメントなのである。
 この神学は、日本への宣教のためにも当然役立つことを企図したいはずである。そのためにも、キリスト教徒でなくても、神学に意味があるという点まで解説する。これはまた福音かもしれない。神学とは、聖書を信じたクリスチャンが、牧師にでもなろうとするときにのみ学ぶもの、という暗黙の了解がキリスト教界にはあるように見える。一般信徒でさえ、難しくてそんなものには関わらない、というふうな風潮である。だが、神学は、クリスチャンでない人にもちゃんと役に立つのだということを解いている。ならばまた、信徒は当然神学を知るべきであろう。そしてまた、福音伝道のためにも、神学を用いてよいのだし、むしろ用いるべきである、とまで言ってよいのではないだろうか。
 ここから、著者は自分のかつての経歴を語る。これまで説明してきたことと首尾一貫するものがそこにあるからこそ、これを明かすのであるが、神学が一つの具体的な歩みと併走するようなものでなければならないとする以上、著者自身の経験あるいは経歴といったものが、神学部とは何かを語る上で大いに意味があるわけである。大学というところ、そして世界的な神学者、その中から自分が傾倒した人とその理由等々、興味深いのだがなかなか日頃神学者のそうした経験を聞けないという信徒にとり、これは貴重な告白であるとみることもできるだろう。
 最後に、西欧諸国における神学部について個別に説明がなされる。著者はチェコ語を学び、またロシアでの学びもあったゆえ、そうした方面についても、なかなか他では聞くことのないような経験を教えてもらえる。最終的には、日本での現状と可能性に触れられる。これが実のところ、やはり一番の関心事ではあるだろう。それは悲観すべきことばかりではないという。やたら卑下するばかりでなく、良い面と悪い面とを冷静に叙述するというのも、この著者のよいところである。気を遣いすぎることがない。事柄そのものについて、私たちは多くの情報を得ることができる。
 三カ所にわたり、日本の大学の神学部をいくつか紹介してくれている。よい大学案内にもなっているが、なかなか他では聞かない情報もそこにあると見てよい。神学部に関心のある方は、一度垣間見て、損はない。世に出ている多くの本や、テレビで拝見している方々の名前もその紹介の中で見られるが、お一人、直接私がよく存じ上げている方の名もあった。というより、まだそこで頑張っておられるのだということを知り、懐かしく思った。
 ユニークである。通り一遍の紹介ではない。だがまた、それは著者の思想や考え方に色濃く飾られた紹介でもある。だから、そっくりそのまま信じろということでもないだろうと思う。そうでなくても、神学理解においては、斬新であることは認められつつも、強引な思いこみの論法が多々あるなどと、あまりよろしくない評判もある著者である。しかし、濃い経験に基づく説明は、大いに信頼のおける一つの情報を提供するといえる。後は私たちが追体験して確認すればよいのである。そういう意味で、一つの激しい経験に基づく実際の物語を私たちはこの本の中に見ることができる。誠実にそれが表されていると思う。
 何も、神学部に入ることを目指していなくてもよい。信仰する人は、あるいはまた、信仰しない人もまた、読んで面白いのではないかと思う。少しばかり哲学や神学の紹介に嫌気をさすようなことさえないのなら、なかなか面白く読み進むことができるだろうと思う。他では得られないことを知る上でも、実のところお得な一冊ではないかと思うものである。




Takapan
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