本

『死んだらいけない』

ホンとの本

『死んだらいけない』
石川文洋
日本経済新聞社
\999
2004.5

 沖縄生まれの著者は、ベトナム戦争を取材した経験をもつ。それだけで、凄いと思う。
 今、アフガニスタンやイラクの事情を聞くだけで、胸を掻きむしられるような感覚をもっていらっしゃるのだろうと想像する。また、日本の報道にすら出てこず、大多数の日本人が知らない、世界のある地域での内紛や闘争で傷つき死んでゆく子どもたちへの、たまらない思いに包まれていらっしゃるのではないか、とも思う。
 だがとにかく、この本ではまた別の視点を提供してくれた。
「死んだらいけない」
 誰に向かってそう言うのか。普通に理解すれば、自ら命を絶つ子どもたちへ告げているように思う。学校でいじめられて自殺した子どものことを悲しみ、つらくても生きていればきっと楽しいことがある、と言ってあげたかった旨、書かれてある頁がある。沖縄の人らしく、「命(ぬち)どぅ宝」の言葉も掲げて、「生きること、それ自体がすばらしい」と大きな文字でぶつけている。
 この本は、取材した戦地での写真の頁と、自らの魂の言葉とも理解できるような言葉の数々が迫ってくるだけの頁とからできている。
 だが、この本のパワーはそれだけではない。ここにあるのは、高所に構えた説教ではなく、偉そうに理屈の整合性を楽しんでいる営みでもない。著者自身が見てきたこと、体験してきたことを、淡々と語るだけなのだ。余分な感情を交えず、事実と、シンプルな訴えとを、ゴシック体の文字で、ポイント(大きさ)を変え、配列を変えて、綴っているだけなのである。ただし、最初の頁と最後の頁だけは、明朝体である。
「命が大切なことはだれでも知っていることという。でも、本当に知っているのだろうか。」と最初の頁が始まる。そして最後の頁は……それは、あなた自身で確かめてください。
 たぶん、誰だって、本当は他の人の人生に説教を垂れるような時間なんてないのだろうという気がしてきた。誰も皆、自分自身の人生を送るだけで精一杯なのだ。だが、ここに精一杯の人生を送っている人がいる。また、その人はそういう性質の人の写真を撮影し、言葉を記録している。そうした本がここにある。それは、私たちの人生を変える力がある。真実に生きる人生は、真実を伝道する力がある。
 子どもたちに、届け、と叫びたい。また、ぜひ、大人たちにこそ……。




Takapan
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