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『新沖縄文学2025 No.96 特別復刊号』

ホンとの本

『新沖縄文学2025 No.96 特別復刊号』
沖縄タイムス社
\2000+
2025.2.

 寡聞にして知らなかった。1966年から1993年まで発行されていた雑誌である。95号で休刊していたそれが、32年ぶりに復刊した。そのニュースを聞いて、初めてこの雑誌を知ったほどに鈍い私であった。
 この巻頭言は、次のような指摘で始まっている。
 
 1966年、日本「復帰」に向かう沖縄で、『新沖縄文学』は創刊された。「文学不毛の地」と言われた沖縄で、人々が主体的に書くべきものを書くために。命や尊厳が脅かされ、政治的な対立の中でも人間としての豊潤さを失わないように。当時の「沖縄タイムス」記事を読むと、そんな思いが込められていたことが分かる。
 文学の振興は思想を鍛え、『新沖縄文学』は復帰前の「反復帰論」や、復帰後の流況独自の憲法草案など、米国統治に続く日本の統治の下で、沖縄の人々がどのように主体的に生きていくかを表現した。
 
 指摘によると、「部数の低迷による休刊からせ32年」であるという。「「沖縄のいま」を捉える言語表現が集まる磁場」として、本書は復刊したのだという。「沖縄を動かす力になることを期待したい」というのである。
 その名を冠する「新沖縄文学賞」は、毎年継続して選出されている。今回2024年度として、第50回の受賞作が選ばれたので、本書でそれが発表される形となっていた。受賞作は「ユナ」といい、作者は名和純という方である。「ユナ」とは「砂州」のことであるという。珍しい貝を一幕一幕に挙げ、幻想的なストーリーが展開する。否、ストーリーとそれは呼べるのかどうかさえ分からない。このような作品は、他に例を見ないように感じる。さらに、一人称代名詞が出てこないという不思議さ。1968年生まれの方であるから、人生経験も豊かである。汚される海の姿も、わずかに描かれる。あまりに爽やかな物語の中だけに、少しの描写も強烈である。
 特集は「沖縄文学の現在地」であり、「うみんちゅブギ」と「セミの声」という作品が掲載されている。沖縄文学は、ウチナーグチがカタカナで本文にあって、ふりがなでヤマトグチが説明されていることもあるが、圧倒的に多いのは、ヤマトグチが本文で、ウチナーグチがふりがなとして振られている場合である。特にこの「セミの声」は、長々とした言葉を語るところで、延々とウチナーグチが振られていることさえある。ちょくちょく聞いたことのある語も見られるが、基本的になにも分からない。
 沖縄文学の今を語る座談会があり、その後、「論考」から「評論」と、力のこもった文章がそこにある。「論考」の最初に、「沖縄語が表記文字を持たない」と書かれていたことが、私にはショックであった。カナ表記も、それは日本語なのだ。「沖縄文学における言葉のあり方」に、問題を投げかけることになるのである。
 このように、沖縄文学には独特の問題が潜んでいる。私はそこに、新約聖書のギリシア語の問題も重ねて考えられるような気がしてならないのだが、そのことは別にまた考えることにする。いまは沖縄文学を注視しよう。
 二つめの特集が「戦後80年への視座」とあり、沖縄戦研究とそれにまつわる沖縄の視そう、戦後沖縄の政治や文化についての論考が多々並ぶ。
 私にはよく分からなかった「戯曲」も興味深かったし、様々な分野の「時評」がたくさんそこにあった。それぞれ比較的短いものではあるが、中身がずっしりと重いものであったから、実に読み応えがあった。そして、ヤマトからは見えてこないものがたっぷりと込められていて、胸が揺さぶられた。いまなお、沖縄への差別が平然となされていること、そこに私も気づかずに加担しているかもしれないこと、それを思わされて、愕然とした。加担というのは、その差別に気づいていなかったことをいう。気づかないから、それを批判することもできていないわけで、沖縄の人々の傷を放置していることになる、という意味を含むものである。
 終わりには、短歌・俳句・詩の作品もあり、沖縄関係の文学系の雑誌や同人誌、個人誌などが丁寧に紹介されている。これだけ地域に密着したものが出されなければならないほどに、沖縄はヤマトからは全く見えておらず、また誰も見ようとはしない地域だったのだ。ヤマトの人がリゾート地として娯楽目的で弄ぶだけで、沖縄に寄り添うことなどできていないどころか、傷口に塩を塗っていたことを、思い知らされる。
 新沖縄文学賞の応募要項もある。興味が湧いたが、応募資格は、県内在住または県出身者に限られていた。移住でもしないと、資格が与えられないのだった。だが、関心をもって、これからもこの賞を見つめることだけは、許されるはずだ。部数の低迷が免れるようにと願う。せめてもの気持ちとて、私はその一部に貢献できたかもしれない。そしていまこうして宣伝することで、あと何人かでも、購入してくださればよいのに、と願っている。




Takapan
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