本

『しまった!』

ホンとの本

『しまった!』
ジョゼフ・T・ハリナン
栗原百代訳
講談社
\1575
2010.1

 表紙には「失敗の心理」を科学する、と書いてある。しかし、心理学者というわけではなく、むしろジャーナリストの手による本である。医療過誤に関する報道でピュリッツァー賞の受賞歴があるという著者である。
 だからまた、言い回しや突いてくる視点がうまい。そこに挙げられてくる失敗の実例に、思わず「あるある」と頭を掻いたり、「まさかそんな、ひどい」と驚きの目を丸めるようなことが度々ありそうである。
 なんであんなバカな間違いをしたのだろう。人は誤りを犯す動物である。そんな古来の真理を唱えてみても、自分の失敗については公開の渦に陥って抜け出せないこともある。ところがまた、それほどの失敗をしたことも、へらっと忘れてしまっている人も見かけることがある。いやいや、自分にしても、そのように忘れていられるからこそ、健全な毎日を送ることができているのかもしれない。
 それにしても、人間がいくら間違うとはいえ、ありえないような間違いを犯すことがよくある。一輪車に乗っていたと伝えたいはずの新聞記事が、一角獣に乗っていたと掲載されていた訂正記事があるのだとか。もちろん英語の世界だが、頭の部分だけが同じという意味ではこの日本語表記も本質的には同様である。目の前で相手がすり替わっても気づかないとか、自分はそんな間違いをしないと自信たっぷりの輩がわんさといるとか、他人事として見ると笑って済ませられるが、自分もそうなのだということがどうにも信じられないような事例も数々挙げられている。中には、人の生死を分けた、笑えない話も数多い。
 アメリカでは、車の運転をしながら携帯電話はもちろんのこと、とんでもないことをして平気であるという現状をこの本で知った。日本はまだましなのだという気がしてくるが、そうしたことが間違いをしでかすことについてさえも、考えが及ばないというのだから、そもそも目の前で大切な点を見落としたとしても、気づくはずがないのである。
 アメリカ特有の事例もあり、そのまま翻訳したからと言って分かりにくい部分もなきにしもあらずだが、著者が伝えたい点を理解することの障害にはならないだろう。ただ、男女の脳の差異について恰もそれが真実であるかのようにもう前提扱いしているような言い方がなされているところがあるが、そこは少し割り引いて読んだ方がよいのではないかと思われた。
 人の犯す間違いについて述べ続けたこの本は最後に、まとめのようなことを行っているのだが、そこで私は強く感じた。この本は、間違いを指摘したかったのではないのではないか、と。私は感じた。この本は、幸福論を描いている、と。「幸せな人は創造性が高く、習慣が引き起こすミスをしにくいという」(291頁)と記されている。そして最後の最後に、気の利いた指摘があるのだが、それは実際に読者が最後に出会ってもらいたいと思うので、ここではネタバレの非難を浴びないためにも、紹介しないことにする。そこには、人生で最大の間違いというものが明らかにされているのだ。
 自分は間違うことがある。私たちは、せめてこの真理を、戒めとして心に携えていようではないか。




Takapan
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