『色弱の子どもがわかる本 増補改訂版』
カラーユニバーサルデザイン機構原案・福井若恵コミック・岡部正隆監修
かもがわ出版
\1600+
2022.3.
見開きでひとつの質問についての解答を示す形式で一冊が終わる。可愛いマンガで、よくできている。原案やコミックなどの役割が分担されているが、とてもよいチームワークではないかと思う。身近な事象例から、子どもが色について区別ができていないことに気づく親、そして幼稚園や学校で、さらに最後は成人して職に就く場面へと展開しながら、社会生活上の問題を明確にし、それへの医師のアドバイスが繰り出されてゆく。文章もいくらかあるので、大切な対応の仕方も説明されている。
解剖学を大学で教える監修者自身が、色覚の型をもっている。そのためこのドクターの許を訪れた、色弱の子どもとその親には、親身に対応し、心温かいアドバイスを施してゆく。それが、読後感をもよくする。なるほど、ご自身がこの問題を抱えているのか。それだったら、当事者がどのようなことに苦労するのか、どうしてもらえたら嬉しいのか、全部分かるはずである。
イラストでもいろいろ分かりやすく教えてくれる。全編カラーなのだ。当たり前かもしれないけれど、言葉でいくら説明されてもピンとこないことが、目の前で、ピンクもグレーも同じ色に見えるというイラストがあれば、読者にも問題点がはっきりする。何が実は同じに見えてしまうのか、その例が終始挙げられてくるのだが、これは私にも具体的で実に分かりやすかった。その意味でも、カラーユニバーサルデザインはまだまだこれからだ。本書の中では、そのことはいま検討されつつある、と医師がしきりに励ましている。確かに改善は見られる。電車や地下鉄の路線図の色分けが、従来はそうした配慮が全くなかったのだが、近年改善されているはずだ。そうした例もちょこちょこ紹介され、色弱の人たちを社会から排除しないための動きが始まっている。
少しの不自由を抱えている人は、実は人間として酷い欠陥があるわけではない。一定の割合でそうした人はいるのだ。色弱は男性が1、男女共学の学校の教室に一人はいるようなものだし、女性は遺伝的に現れるのが少ないけれども、学校には一人いてもおかしくはないという。尤も、その女性の男の子に現れるという形で、運んでゆく形にはなる。
特に男性にはかなりの確率でいることになるのだから、その人たちを排除するような色彩の表示が、社会に当たり前のようにあってはならないはずだ。このような考え方は、ろう者もそうである。ろう者が不自由なのではなくて、ろう者を排除する社会のシステムが不自由なのだ。いま理解され始めたLGBTQ(Qもだが、そういう語でよいのかどうか疑問がある)も、そうでない多数派が決めたルールに当てはめて非難したり、時に犯罪者にしたりするというのは、不条理である。
本書では、周囲の人や社会環境の理解や協力が求められていることを描く。特に学校においては、教育の場としての配慮が、強制されなければなるまい。そう言えば塾ではやっていない、ということに気づいた。ホワイトボードに書くマーカーは黒と赤と青だが、これらも区別のつかない子が少なからずいるはずである。考えねばならないだろう。
高校の友人が、色弱のために外交官の希望を諦めねばならなかった。だが本書では、デザイナーへも道が拓けるし、大学受験も学部で否定されることはないのだ、と励ましている。義務教育の中で、かつて行われていた色覚検査は、いまはなされていない。
私の身近にもいる。それでこの問題は、他人事ではないものと認識している。ただ、深刻な問題となったことはないので、差別されている人がいたら、励ましたいとは思うし、何の差別もない社会を築くために、微力ながら力になりたい、と願っている。

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か
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