本

『植物記』

ホンとの本

『植物記』
牧野富太郎
ちくま学芸文庫
\1050
2008.12

 牧野翁などと呼ばれ、一世紀近くを生きた植物学者、牧野富太郎。日本の植物分類学を語るのに、この人に触れないわけにはゆかない。というより、この人を誰も抜き出せないというほどの業績を果たした。
 植物は、動き回らない。だから逆に、その自生する地を離れては存在せず、調べるためにはその地まで私たちが足を運ばなければならない。もちろん動物は動物でその生態を調べるのは難儀なのだが、植物とて、容易なものではない。
 また、植物は古来文献に現れることから、人がどういう捉え方をしてきたか、歴史性を感じるものである。さらにいえば、古人の呼んでいたその植物が果たして今のその名の植物であるか、分からない面もある。
 この本は、自由なエッセイである。その序に記されているように、統一感のあるまとまりというよりも、それこそ自由に記述されたものの寄せ集めという感じもする。そうしたことを、私の印象ではちょっとお茶目に紹介されているので、この序そのものに魅力を感じた。
 万葉集の中に登場する植物についての紹介から始まる。すると、万葉がなはいわば音だけを借りた側面が否めないけれども、どういう意味合いでその植物の名がついたのか、そんな話も現れる。へええと驚くものが多々ある。もちろんよく分からないのもあるのだろうが、昔の人は実によく調べている。はたして今日この説は書き換えられているのか、それともそのままなのか、そのあたりが分からないのが少しもどかしい。注釈すら入れることは、著者に対して失礼なのだろうか。いや、それほど面白いということである。
 終わりのほうに、奥様のことが記される。著者がいかに世間知らずなおぼっちゃまであったのか、という辺りも書かれており、興味深い。むしろ親近感を覚えるほどである。
 植物画や塗り絵なども最近盛んである。同じ花や木を見つめるにしても、こうした背景を心に入れてだと、また愛着の仕方も違ってくるかもしれない。エピソードというよりも、実にその植物そのものに迫るその観察の眼差しは、やはり迫力を感じる。昔の言葉や言い回しも、さして気になることなく、優しい気持ちで読み終えることのできる本であると思う。




Takapan
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