本

『戦後史をよみなおす』

ホンとの本

『戦後史をよみなおす』
福井紳一
講談社
\1575
2011.11.

 戦後の歴史は、学校でも時間切れにされる代表的なものであった。あるいは、駆け足で通りすぎて、今の時代につながるからなんとなく分かるだろう、とごまかすこともあった。他方、ここに命を賭けるような勢いの教師も、一部にはいた。ここでこそ、言いたいことが言える、というふうに。
 これは大学受験生を対象としている。だが、侮ってはならない。点数を取るためのテクニックばかりが実用的に書かれているのではない。これは私は、大人たちへの挑戦であると思う。ちっとも受験参考書らしくない。
 そもそも歴史に現代史がそんなにたくさん出題されるのか、と疑念をもつ人も多いだろう。だが近年、その比重は大きくなってきている。また、記述するとなると、相当に立ち入った理解を戦後の日本についてもっていないと書けないし、一流を付せられるような大学ほど、またそのような認識を必要とさせる出題をよくしている。歴史を学ぶとは、昔の謎を当てるパズルではないのだ。私たちの生活や社会のためにそれを活かすことを考えなければ、ただの余興になってしまいかねない。
 さて、そうなると、歴史を見る立場というものが気になる。とくにこのように一人の著者による本となると、その人の個人的な歴史見解によってすべての歴史が書かれるということになる。グループで書かれた本のほうが比較的穏健になるのも当然だ。しかしながら、それはどこか抑えられた表現となり、真意を読みとるのが難しくなるのも事実である。そこへいくと、下手をすると暴走をするとはいえ、個人的な見解は、その点があからさまにされることがあり、面白い。深い思いがはっきり出てくるとなると、書く方も気持ちがよいだろうが、読むほうもスッキリすることがある。
 そう。この本は、そのような本である。従って、政治的やイデオロギー的に反対の立場の人、いやさらに言えば、この本の中でまともに批判され続けている立場の人々は、読みたくもなくなるし、怒りに包まれることになることだろう。決して、客観的に記された歴史というわけにはゆかないからだ。
 だが、これもそもそも、歴史というものは、勝者の歴史という言葉があるように、支配者が自分を正当化するために記すものである。伝統や歴史という名で、権力を正当だと世に示すのが歴史であり、歴史であり続けた。これを歴史学という学問にするというのは、並大抵のものではなかったことだろう。先人たちの努力と改革に敬意を表したい。
 さて、この受験生向けというあり方についてもう少し触れておきたいのだが、高校生やその卒業生に向けて語る学問は、かなり本質的なものであると常々私は思っている。一応の理解力があり、また学問の基本的考え方をそれなりに訓練されている。ただ、それらのつながりや基盤がまだだということであり、テーマーの深まりもないというのは仕方のない点であるが、それはそれでよい。注目点は、そういうところへ語られる、大きな問題の紹介の仕方である。分かりやすく、そして大人の世界の習慣やなあなあの柵などとは関係なく、可能な限り純粋な理論として、また理想として、それは語られなければならない。論理の不備な点は追及される。ちゃんと筋が通らなければならないし、言おうとしていることが正しく理解されなければならない。その説明ができるという、たとえば予備校の講師という立場での語り方は、もっと重要視されるべきだと考えるのである。
 それは、池上彰さんの説明にも似る。テレビでの池上氏の説明を思い浮かべるとよいと思う。あのように、分かりやすく伝えなければ、学生たちには伝わらないし、また面白くなければ聞いてもらえない。しかも学問的であり、あるいは事実でなければならない。自分の人気取りのためにはったりをかますのとは訳が違うのである。
 だから、この本は分かりやすい。戦後の流れと背景とが、どんどん頭に入ってくる。あまりに深い専門的な部分が語られているとは思えないが、何が起こったのか、その背後にどんなつながりがあり、意図があったのか、一読しただけで理解できるような叙述がなされていると評価したい。
 もとより、この本には、学生運動で暴れたような反体制派の論理が貫かれているのも確かである。その立場に与しない人からすれば、とんでもない悪書だということになるだろう。だが、著者に同調するように、著者は促しているのでもなさそうだ。これだけの考える材料を提供し、また、その背景にあったもの、表向きの新聞が語らないようなものなども、流れが分かりやすいように取り上げられているのであるから、歯抜けのご都合主義的歴史とは違い、私たちが歴史を考え判断するための様々な材料がここに示されていると考えるとよいと思う。これらは素材である。ここから、受け取った私たち、つまりは「よみなおした」私たちが、今の生き方と社会を、これからの日本を、どのようにつくっていくとよいものか、一人一人考えていく土台になればよいのである。そして、その土台たるに相応しい一冊となっているように感じる。
 政治的な部分は豊富だ。経済との関係も必要なことは触れられている。だが、宗教的な角度からは十分触れられていないように思うので、私としては、この背後にさらにある、宗教的な組織や運動、思想などにも踏み込んだ本が、また現れてくることを願う。というのは、それが政治の表舞台を支える、庶民の感情に関わるものだからである。




Takapan
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