本

『説教を知るキーワード』

ホンとの本

『説教を知るキーワード』
平野克己
日本キリスト教団出版局
\1500+
2018.3.

 まさに「説教を知る」ためにたいへん有用な本である。季刊誌『説教黙想アレテイア』(高価なので私は買ったためしがない)に十年間ほど連載されていた「説教学豆辞典」の記事を基に、まとめられた本ということだが、十年分まとめても150頁ほどに収まるのだから、記事そのものもずいぶんストイックに凝縮されたものであったことだろう。しかし、ちっとも手を抜いてなどいないし、むしろカットされた珠玉の言葉が残っていると見るのが適切であるのだと思う。
 著者は、有名な説教塾をリードし、主宰である加藤常昭氏の本領とするドイツの説教学と、著者自身留学するなどして探究したアメリカの説教学とを理解し、なおかつ日本における説教についていま最も深い洞察と実践を重ねていると言える人である。季刊誌『Ministry』でも編集主幹兼説教道場の指南として活躍しており、説教に対する情熱はひときわ熱い。そして、説教の改革が日本の教会を変え、救いの地図を変えると考えていることと思う。私もその考えには賛同する。
 加藤常昭氏自身の『説教論』という大きな著作が、論文を集めたものであったのに対し、この小著は同じ記事の集積であるにしても、ひとつの意図の中で綴られた連載であるため、本としてのまとまりが強く感じられる。そんな中での一つひとつの項目が、どこか抽象的で、ピンとこない読者もいることだろう。何かしら歯の奥にものの詰まったような、もどかしい思いで文字を辿るということがあるかもしれない。それは、実に凝縮された文章の背景に、どれほど多くの思いと議論、そして体験があるか、ということを考えると仕方のないことだと言えよう。幸い、著者の他の著書や訳書をいくつか知っている私は、この削りに削られた文章の背景にあるものを想像することができる場合が多く、これはあのことを言っている、などと感慨深く本書を楽しめた。カットした文章だからこそ、短くて読みやすいかと思いきや、必ずしもそうではない。いろいろと多弁に説明してくれたほうが、何を考えているかは分かりやすいことがある。
 天才説教家スポルジョンの『説教学入門』は抄訳の形で邦訳があり、ボーレンの『説教学』は2巻に分かれるほどの大部である。これらは加藤氏が訳している。バルトとトュルナイゼンの『神の言葉の神学の説教学』はなかなかハードボイルドであるが、より短い本なので、実は爽やかに読める。但しその中にこめられたものは熱く、そして重い。平野克己氏の訳した、クラドック『権威なき者のごとく―会衆と共に歩む説教』や、リシャー『説教の神学―キリストのいのちを伝える』は、読み終わるのが惜しいくらいに楽しめる説教論であった。
 そのように、説教についてはかなりマニアックな関心をもつ私であるが、そんな私が、このキーワードの本については、事ある毎にまた開きたいと強く思わされたのはどうしてだろうか。それだけ、最初は気づかなかった深みに気づいていく楽しみがあるのではないかと感じたからではないだろうか。とくに神学生にはお薦めしたいと思った。最初は本書に書いてあることがよく分からないにしても、これから説教を組み立てることを学び実践していくときに、読み返すと、行間がきっとしみじみ分かる時がくるのではないか。もちろん、本書は一つの可能性であると言えばそれまでだが、きっと、生きた説教について考えさせられたときに、本書のアドバイスが、一つひとつ効き目を現してくることだろう。まずはどんどん読み進んでもらってよいと思うが、ぜひまた説教について考える時があったら、開き直してみて戴きたい。それほどに、懐の広い、思いの深い、そんな辞典となっていると思う。




Takapan
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