本

『東大生が身につけている教養としての世界史』

ホンとの本

『東大生が身につけている教養としての世界史』
祝田秀全
河出書房新社
\780+
2018.3.

 新書サイズで手に取りやすいのはよいが、このタイトル、人によっては毛嫌いするかもしれない。そして読んでみても分かるが「東大生」云々は何の根拠もない飾りである。いや、分かっている。実際に東大生たちと話をしている機会がある著者が、その中で歴史についていろいろ議論をしたことをヒントとして、この本が生まれたのだ。その経緯を疑うつもりはない。けれども必需なのかどうかは分からないし、人目を惹くための宣伝文句としてはベタである。そんな東大生というのが幅を利かすのかと不思議に思う。今どき、野球がうまくなりたい少年少女向けに「巨人の選手が身につけている練習」などというタイトルを付けたら売れるだろうか、と考えてみたらいい。
 とはいえ、内容は実に楽しませてもらった。知ることもあれば知らないこともあり、確かに歴史の切り口としてこうした観点は大切なのだということはよく分かる。ただ項目を暗記しているぞ、では役に立たない。しかし、それを覚えているということもまた一定量は必要なことなのだ。用語を知らずして、その説明に入っていけないのは明らかだからだ。
 そこでバランスというものが必要になるのだが、なるほど、ひとつのテーマで流れや掴むべき視点を知ることにより、いろいろな出来事が整理できてつながりができ、そして項目を覚えていくことができるようになる、というケースもある。とかく受験生としてはなんとかスキルを高めていかなければならないのが辛いところだ。そこへいくと、この「東大生」云々の呪縛を逃れているアダルトは気楽でいい。つまりは本書の叙述を楽しめるというわけだ。ピュアに楽しめる以上は、とことん楽しんでやる、そのような思いで手に入れて読んだという具合である。
 とくに気に入ったのは、キリスト教についてよく書かれていること。この「よく」というのは、善という意味ではなく、幾度か適切に、という意味である。と言いたいところだが、「聖書は、ペルシア帝国がユダヤ人につくらせた法典」というタイトルは誤解を招く表現だから直したほうがよいと思う。本文でも、ペルシア帝国が支配下の諸民族に対して宗教的に寛容政策をとったというところに着目し、ユダヤ民族はユダヤ民族に相応しい形で法を調えるように仕向けたようなことが書いてある。しかしかのタイトルだけを目にした人がどう理解するかというと、ペルシア帝国が押しつけて作らせたというように見えるのが普通である。使役の「せる」には緩やかな意味合いと強い意味合いとがあるが、どうしても強く響きかねないため、ここで用いるのはよくないと思う。著者が伝えたい意味合いではないものが読者の中に作られてしまう。
 とくに中世についてはキリスト教を真正面から据えて、ヨーロッパを形成していく過程をいくつかの観点にスポットライトを当てて紹介してくれている。サンタクロースやクリスマスツリーがキリスト教と本来関係がないということも、はっきり書いてくれて有り難い。病気に対する見方も、実は聖書を読む上で大切な観点であり、学べるだろうと思う。中世最後に説明された動物裁判については、知らない人も多いかもしれない。動物画よく裁判にかけられたのである。そこにちゃんと、聖書に基づく思想というレベルから印象づける解説がなされているのもいいと思った。但し魔女狩りというある意味で汚点であるところにまでは踏み込めなかっただろうか、と贅沢な要望をもってしまう。
 マッカーサーが日本をキリスト教国にしたかったのだというふうに捉えるのも、案外クリスチャンも知らなかったことかもしれない。天皇が戦犯とされず天皇制が残された背景に重要な役割を果たしたヴォーリズの話や、当時の皇太子に熱心なクエーカーの家庭教師のバイニング夫人がいたことなどまでは、受験とは関係がないだろうから取り上げられなかったことは仕方がないが、平成の時代を天皇として職務を全うした人は、十分なキリスト教の素養を得ていたのだ。だからこそ、個人の良心を重んじる考えをもとに、かなり思い切ったことも言えたり、したりできたのだ。そう私は感じている。
 世界史というから、古代や中世に重きを置くかのように思われたかもしれないが、本書は十分現代史に熱い。いまの世界を読み解くためにもかなり役立つと言えよう。一つひとつの話は短いし、簡潔だが「観点」が明確で、ユニークな話題もふんだんに紛れているので、読み厭きない。怖いとすれば、あまりに楽しく読み進めるので、読み終わった後に知識としてそれらのことが残らない可能性が高いことだ。何度か見直してみるとよいことだろう。教養のためには、この量でこれだけの内容が頭を通過するだけでも、いくらかの効果は期待できるのではないかと思う。
 学生に限らず、なかなか考えさせる、しかも楽しく読み進められる、お薦めできる世界史のダイジェストだ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります