本

『世界を変えた哲学者たち』

ホンとの本

『世界を変えた哲学者たち』
堀川哲
角川ソフィア文庫
\700
2012.2.

 哲学の紹介の本は、ちょっとしたブームになっている。混迷の時代、何か思想的な根拠を以て、新たな世界を模索したいということなのだろうかか。ただなんとなく気分や、利得感情だけで動いていてはどうにもならないということが分かってきたのかもしれない。テレビでも、哲学の議論がそれなりに展開され、視聴されている。
 これまでだったら、いくら出しても哲学がテーマであれば日本では売れない、というのが当然であったのが、哲学なら売れる、という見方にもなってきているように見える。これまで地味で仕方のなかった著者たちが、いきおい表に出るという具合である。今回もそんな一冊なのかという気持ちで手に取った。もしかすると、西洋哲学史を優しく解説したような部類でもあるのか、と。
 選ばれた哲学者は、ニーチェ以降である。これも一つの考え方である。現代を直接形成しているのは、そういう時代の思想の流れである。そして、ともすれば何々主義という名で一括りにして、その代表的な考え方の枠組みを紹介するばかりに留まっている啓蒙書も多い。しかしここでは、専ら関心は人である。哲学者その人はどういう考え方をしたのか、世界に何を提案し、世界にどんな影響を与えたのか、それにこだわる。何も、その人の思想を全部紹介しようというのでもない。著者の関心にもよるのだろうが、ある方向から光を当ててその風景を描写しているかのようでもある。しかし、その人の思想の基盤となるものをはっきりと映し出す。だから、その人の生い立ちや置かれた環境なども重要な要素である。
 そもそも、この時代の哲学者たるもの、裕福な家庭のエリートが多い、という指摘がまず耳に痛い。ハングリー精神から成り上がったというよりも、いかにも秀才であり、しかも家庭環境が見事に立派なのである。その生き方も、そこそこ無難であることが多い。けれども、ハイデガーのように、近年ナチスとの関係が取り上げられ、昔の崇拝者たちに持ち上げられた時代とはもはや違うのだということを明らかにされている場合もある。その意味でも、生の人間としての哲学者を取り扱っている印象が強い。
 それで、私にとりこの本は非常に面白かった。退屈することがなかった。通り一遍の紹介ではなく、非常に灰汁があり、毒がある。しかしまた、当事者の思想を外すことがない。私たちが何をどう考えていく可能性があるのか、ちゃんとした案内になっているのも確かである。最後のほうでは、ロールズからサンデル、ローティという、アメリカの現代をつくるメンバーで飾られるのであるが、その正義論がそもそも如何にして成立しているのかということしを、アメリカならではなのだというふうに分かりやすく解説してくれている。これが日本であれば、起こり得ない議論なのだ、と。つまり日本には正義論が成立する土壌がないのだ、ということである。他人とが混じり合い出会う中で、何かしらルールを定めていく必要に迫られた文化や社会では、正義とは何かが問われなければならないが、土着の阿吽の呼吸の中で、言葉を交わさなくても暗黙の了解で物事が動いていくところでは、そんなことを議論する必要もなく、要求も起こらないのである。
 取り上げられているのは、ドイツやオーストリアの哲学者が多い。わずかにロシア、フランス、イギリスとあるが、大部分はそうである。そしてヨーロッパのほかの思想家は取り上げられていない。この薄い本で何もかもを望むのは間違っているが、そういう西欧における思想の環境における議論であるということは、さしあたり心に留めておいてしかるべきだろう。他の地域の哲学者が世界を動かすような働きだと、なかなか認められていないのである。アイススケートやサッカーの世界大会のごとく、ヨーロッパ中心での動きそのものを否定することはできない。やはりこの本もまた、世界をどう変えたのかというテーマがある以上、やむをえないものであろう。
 それにしても、面白い。このような紹介のされ方というのは、される当人にとっては嫌なものかもしれないが、読者サイドからすれば、実に楽しく、わくわく読める。「まったく新しいタイプの哲学入門」と裏表紙にあるが、まんざらオーバーでもないと思う。これを基にして、また新たな哲学の探究に向かうのであれば、現代哲学をどう位置づけるかということも、比較的やりやすいのではないかと思われる。そんな有効な一冊である。




Takapan
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