『『青鞜』女性解放論集』
堀場清子編
岩波文庫
\602+
1991.4.
平塚らいてうから伊藤野枝というところに関心をもつと、当然のことのように、『青鞜』を覗いてみたくなる。
1911年創刊で、1916年に廃刊となった月刊誌である。女性による、女性のための論文集であると共に、それは男性社会への敢然たる挑戦状でもあった。
当時はもちろん、女性には社会的権利というものは存在しないにも等しかったし、現代の基準からすれば人権というものも認められていなかったと言っても過言ではない。
だが、それが当たり前だ、という認識が常識であった。
特に結婚制度への疑問から、平塚らいてうらが、意見を表明する場をつくったとされるが、『青鞜』についての説明をここですることは控えておく。むしろ本書には何が掲載されているか、をお知らせすることが必要だろうと思われる。
本書には、52冊の論文すべてを載せることはできないため、編者により選ばれたものがここにある。集められたのは40編。350頁余りの中で示すには、話題を絞る必要があると言える。しかも、1911年から最後の年まで、満遍なくここに寄せるというには、選ぶほうも大変だっただろう。
まずは、そこだけは教科書にも載っているという、有名な創刊の辞、「元始、女性は実に太陽出会った」に始まるらいてうの文章だが、せめてその文章の全部だけでも、このように味わうことは、読者としては最低限の必要だろう。
続いて「ノラをめぐって」、幾つかの文章が並ぶ。もちろんイプセンの『人形の家』についてである。粗筋も含まれているため、もし本作を知らない人にも、十分伝わるものがあると思われる。
それから本誌のモットーであるともいえる「新しい女」についての考えが何編か集められると、もう少し広く「性・家・国家」について書かれた多くの論文が並んでいる。ここは様々な点についての意見が読めるため、広く彼女たちの考えを知ることができるであろうと思われる。従って、100頁余り、ここはいろいろな考えを十分知りたいという気持ちで読み味わうべきであろう。
最後には、「論争篇」と掲げられ、三つの点での、やはり論争と呼んで然るべき意見の対決が載せられている。ここはハラハラする。テーマは「貞操」「堕胎」「売春」である。案の定ではあるが、どの論争にも伊藤野枝が関わっている。噛みつく点に於いては、野枝に勝る論者はいないのかもしれない。これは、伊藤野枝についてもしお訪ねになると、肯けるものであろうと思われるが、いまここで詳述することは控える。
らいてうに顕著だが、エレン・ケイの本に刺激を受け、それを日本という場で展開しようとしている努力を覚えるが、ひとつの基盤をもつと、やはり論者は強い。しかも、野枝は特にそうだが、人生を、その主張通りに生きている。口先だけで理論を唱えているわけではないのだ。世間に石を投げられるというのすら、ものの喩えではもはやないような生き方をしているわけである。そして野枝は、関東大震災のどさくさの中で、官憲により虐殺されることになる。
しかし、その野枝の最後の売春論争については、完全に負けである。青山菊栄の理路整然とした論調に対して、ひたすら感情的に相手をなじり、論旨もふらふらし弁解がましいことばかり言う様は、負け犬の遠吠えのようにも聞こえる。この時点で『青鞜』が廃刊となったのも致し方ないところなのであろう。
本誌は、世の男性と、その男性社会を支持する女性たち、即ち「世間」により、散々な攻撃にさらされた。それほどに、世の偏見というものも、定着した大樹となっては、暴力的になってさえも、異端を弾くように動くのだ。これは、女性論に留まらず、今後も、大いに警戒しなければならないことだと私は強く思う。今は「平和」が当然のような声が漂っているかもしれないが、ひとたび世の動きが変わると、賛同しない者を攻撃し従わせる、協力な「権力」と変わっていくに違いないのである。一般の人々が、「権力」となってゆくことが危惧されて仕方がないのである。
それから、本誌で訴えられていることが、果たして百年後のいま、解決しているのかどうか、と言われると、私は安易に肯けないところがあるような気がする。確かに女性の権利は立てられた。百年前と社会条件は異なる。法的にも変わった。だが、果たしてすべて喜べる事態なのかどうか、そこはまた、今風にも、問わなければならないと考えるべきであろう。

た
か
ぱ
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ワ
イ
ド