本

『聖書伝説物語』

ホンとの本

『聖書伝説物語』
ピーター・ディキンスン
マイケル・フォアマン挿画
山本史郎訳
原書房
\1,800
2003.9

 多くの賞を受けたベテランのイギリス作家が、美しい聖書の世界を描き出すことに成功した。
 だが、どういう人がこのような本を読むのだろう。聖書を知らない人の場合、よほどの物語好きでなければ、手に取らないだろう。聖書を信じている人の場合、想像の翼を羽ばたかせすぎたこの本は、信仰の書ではないと遠ざけられるかもしれない。
 それでも、この本は美しい。旧約聖書の物語性豊かな随所が、33個の短編小説として連なっている。特徴的なことは、それぞれの逸話が、それぞれ異なる語り手によって語られている点である。
 サウルの病についてが面白い。「アレクサンドリアにあるユダヤ人の医学学校で、悪魔の憑依についての講義が行なわれ、その中で話された。紀元前220年頃。」という設定で語られる。カルメル山のエリヤの話は、「来たの王国の神殿の祭司が、南の王国の祭司をもてなしながら語った。紀元前730年頃。」とある。
 小説というものは、語り手によってこうも変化に富んだ世界が描けるのかと改めて気づかされる。描写の巧遅や構成の可否が価値を決めるとは限らないのだ。視点がどうなるかで、別の印象を与えるものに生まれ変わる。意図的に語り手の設定を変えたこの聖書伝説の実験には拍手を送りたい。
 挿絵のムードがまたよくて、この本を退屈なものにさせないですんでいる。
 作者なりの聖書解釈が施されていることは言うまでもない。だが、神学的根拠がどうのという時限を超えて、自由な発想が豊かな世界を生み出している。特別な信仰が要求されるかと思いきや、そうでもない。純粋に、少年少女が面白みを期待して手にとって読んでよい内容である。しかも、おとなもこの世界には引き込まれていくだろう。
 でもやはり、聖書を一通り知っている人が読んで初めて、なるほどと肯ける部分があるのは間違いないだろうし、少なくとも聖書の文化の中で味わうことが前提となって書かれているかのような観がある。それはそれでよいのだろう。聖書をお堅い本だと思う前に、あるいは義務的な書物だと見なしてしまう前に、このような形で聖書のお話を楽しむ心が得られたとしたら、聖書もまたきっと喜ぶことであろう。
 ファンタジーがお好きな人にも、たぶん抵抗なく聖書入門として機能するだろうと私は思っている。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります