本

『成功への心の扉――最高の自分を探す物語』

ホンとの本

『成功への心の扉』
最高の自分を探す物語
松岡素子・松岡洋一
日本評論社
\1,400
2003.5

 この小説の冒頭で、ジャックは新しい門出を迎えている。だが4行後では、回想シーンに入り、そのまま最後まで走っていく。半年前、ジャックは、突然のレイオフ(解雇)を言い渡されたのだ。43歳の身としては、これは辛い。妻は高水準の生活に慣れてしまっている。子どもは高度な教育を受けようとしている。どうすればよいのか。
 アメリカ人としては常識的に、こういうときにはカウンセラーを訪れる。そこで紹介された、「ニューホープチャーチ」の牧師「インマヌエル」を紹介された。自信をなくし、絶望感を抱いているジャックは、カウンセラーであるインマヌエルの前に、すべてを語り始める。
 小説は、リアリティを保ちながら、解雇された会社の倒産を経て、インマヌエルとジャックとの間に、互いに影響を与えていく、将来への眼差しや決意が生まれ始める。企業という組織の中で、何が大切にされ、何が軽んじられていくかを、さまざまな角度から言明しながら。
 ネタバレを起こしてはならないので、小説の解説は控えることにしよう。最後には、幾つかのどんでん返しが待っている。それだけでもこの小説が読まれる理由があるのだが、ここには、企業の論理が盛んに描かれる。業界の内実にも詳しい作者であろうゆえに、これはきっと実際の出来事に違いない、という確信を抱きつつしか読み進めていけない気持ちになる。
 結論的に言うならば、ジャックは、新しい道を見つける。それは、自分中心の人生観によるものでなく、他人の喜びに支えられた仕事だった。限りある人生を思うとき、その方向にこそ生きる価値を見いだしていくのである。これは、優等生的発想かもしれない。だが、それはそれでいい。この小説は、文学的芸術性を描くために書かれたのではない。現実的な、きわめてありふれた場所から、ありふれた素材を使って、ちょっと道徳的な賞賛を含めたストーリーが展開されていくのだから。それでいて、その教会名に留まらず、希望を見いだしていく方向が見いだされていく。
 カウンセラーの「インマヌエル」という名は、聖書に説明までしてある。「神、われらと共にいます」という意味だ。キリスト教を宣伝するためではないにしろ、この生き方の一つのケースについては、キリスト教の内容や意図がそこかしこに盛り込まれている。というよりも、キリスト教から教えられることのうちに、生き甲斐を見いだす可能性が強いということを、誰もが知っているからかもしれない。
 インマヌエルは、かつては医者だった。だが心臓手術を失敗したとき、それが人体実験だったとたたかれ、その道を捨てるに至った。人体実験ではないにしろ、自分の心の中に一瞬でも、そうした誘惑が忍び込んだことを、インマヌエルは認める。そうしてジャックを次のステップへ送り出す。
 文学的作品はどうも弱いが、ビジネス書なら読むという方、この本は恰好の書物と言って差し支えない。現実の利益を上げるために働くビジネスマン(女性を含む)がまた、新しいステップを始める可能性があるからだ。
 決して、道徳的な場面ばかりでもないし、新しい道を歩み始めるとき、どんなことに警戒し、どんな夕食をつくるのか。答えはそれからようやく始まる。キリスト教教義にはそれほど関心をもたない人もいるだろうが、確実に何%、何人に一人、などという統計ははっきり出してくることだろう。
 きっと、心が洗われる。清々しい一歩を始められるような気がすることだろう。




Takapan
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