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『算数文章題が解けない子どもたち』

ホンとの本

『算数文章題が解けない子どもたち』
今井むつみ・楠見孝・杉村伸一郎・中石ゆうこ・永田良太・西川一二・渡部倫子
岩波書店
\2200+
2022.6.

 学習や言葉の取得や認知についてなどの方面で、岩波新書ではおなじみの筆頭著者である。その岩波が、ソフトカバーながらかなり本格的な、学習に関する調査に基づくデータを用いた研究結果を出版した。
 これは素人向けではないと言える。最初のほうこそ、学習や認知に関する背景を紹介しているが、途中からデータが居並ぶようになる。そのデータというのが、一定のテストを繰り返し用いることにより得られたものである。それが、「ことばのたつじん」と「かんがえるたつじん」というもので、小学校二年生以上にわたり、広島を舞台に、幅広いテストを実施し、その結果を集めての資料となっている。
 ただ勉強しろだの、もっとよく考えろだの、親はそのくらいのことしか言えないし、へたをすると、教師の方からも、そのような言い方をしてしまうことがある。だが、そんなかけ声では、教育にならない。
 子どもたちの読解力は、新井紀子氏がセンセーショナルに世に鳴らした警鐘のように、かなり深刻な状態が懸念されている。現場にいる私からしても、子どもたちの読解力は悲しいくらい下がり続けている。不思議と、中学生になると、ある程度は解消していくのだが、小学生の段階でのその差は、実に激しい。今日も、小学二年生を相手に闘ってきたが、すんなり説明を受け容れていくことのできる子と、いくらどのように説明しても全く分からないで往生している子とが、はっきり分かれるのである。
 本書のデータの扱いについて、私が誤った見解をここで伝えて、本書の価値を貶めてはならない。従って、そのようなことが書いてあるような気はするが、はっきりと本書がこう分析している、というような言い方はしない前提で、本書の内容にいくらかでも沿いながら、以下は私の経験における感想めいたものを流していこうかと思う。
 いま小学二年生の例を挙げたが、本書でも、二年生くらいで個人差がかなり大きくなっている現実を指摘していたように思われる。その背景に、幼いころから本のある環境、絵本の読み聞かせといった言語活動の有無が左右する可能性が指摘されていた。
 実は、私が子育てにおいて、それをひしひしと感じているのだった。何人かいるのだが、私は勉強を強いるようなことは殆どなかった。ただ、絵本の読み聞かせは、とことん繰り返した。それは、長男を預けた無認可保育園を出るときに、絵本をプレゼントされたことに端を発する。それを、まだよちよち歩きのような状態の子に、とにかく読み聞かせた。私には、それがとてもよいことだと直感的に分かった。そして、評判のよい絵本や、自分で見てよさそうな絵本を入手しては、読み聞かせた。同じものをもちろん何度も何度でも読み聞かせる。
 YMCA進学教室で働いてくれた大学院生だったか、ある人が、私に何冊もの絵本をくださったことがある。そういう方面の研究をしている人だったのか、ただ子どもが好きだったのか、記憶が定かでないくらい以前のことである。決して安からぬ額であったのだが、子どもたちにどうぞとくださった。これはもうひたすら感謝である。読み聞かせの幅が広がったのは間違いない。また、私も絵本に対する関心が深まり、絵本の良さについても本を読み、考えるようになった。松居直さんと出会ったのも、そうした中である。
 福岡では、図書館が比較的近かったため、始終何か借りる生活を続けた。子どもたちも頭数に入るので、皆で借りれば、かなりの数の絵本を借りることができた。そのため、もし買うだけだったら出会えないような絵本にも、いくらでも出会えた。図書館に通える環境は、子育てをなさる方に、猛烈にお薦めする。子どもたちにとり、これ以上価値ある条件はないとさえ言いたいほどだ。
 いつでも本を手に取れる環境。私は、特にそれを意図したわけではない。ただ私も本の虫だったから、子どもたちにも本を知ってほしいという程度の素朴な思いだったのだろうと思う。実は私は子どものときには、本を読むのが好きではなかった。面倒だった。それでも、親が買ってくれた百科事典や子ども文学全集は、読み尽くした。何度も読んでいた。だから、自分の子どもたちにも、本のある環境にはしてやりたいと願っていた。そして妻も、天才的な読書家であり、私などより数倍読むのが速い。子どもたちに、果たして遺伝的にそういうのが届いたかどうかは分からないが、子どもたちも、本が生活の中にあるのがとても自然な状態の中で育った。
 卒業のときに突然知ったのだが、長男は、六年生のときに、図書室から一番多くの本を借りた児童ということで表彰された。小学校で、絵本の読み聞かせのボランティアが募集されたときには、一年間務めてみた。次男のクラスに、三男を膝に抱えながら読んだこともあった。
 子どもたちは、学習塾など縁もなく、のびのびと小学生時代を過ごした。しかしある時からは、学習にその力を向け、高校受験前だけは私の塾に通って受験勉強のコツを教えてもらっていたが、高校でも塾にはもう行かず、それぞれ自ら淡々と学習を続けた。大学へも、それぞれ希望するところにすんなり進学することができた。
 学力に強い影響を与えるのは何か、どういうことが育てられる必要があるのか、そんなことが、本書の研究からは明らかになっている。もちろん私はそんな学問的な調査とは関係なく、子どもたちにしていただけのことである。しかし、勉強をただ教えても、認知の上で処理できないと、学力として身につくものではない。そうした、ある意味で当たり前のようなことが、丁寧な研究調査によって分かってくると、私は経験上、それはそうでしょう、と賛意を表したくなるし、その調査結果の証人になってもよいと思うほどである。
 本書はそのような認知能力の解明が目的である。だが、教育はそれだけではない。妻は子育てで、食べることの大切さや生活の規律のようなものを身に着けさせていたと思うし、私は、小さい頃には必ず、自然に触れることを教えてきた。花や虫や動物、水や風、なんでも自然のことには、私自身も関心を抱きつつ、子どもたちにも体験させることを怠らなかった。その程度のことであっても、三男は、高校の同級生の中で、自分ほど自然についての知識がある者はいなかった、と驚いていた。
 専門的な経過と結論については、本書を直にご覧戴きたい。サブタイトルには「ことば・思考の力と学力不振」という文字が見える。もちろん、幼いときに読み聞かせをしなければもう学力は伸びない、などということを言っているつもりはない。そうしたことについてのアドバイスは、本書だけでなく、今井むつみ氏の他の研究などを探してみるとよいかと思う。ただ、絵本は本当にいい。大人向けの絵本もあるが、子どもにいい絵本は、知る人はちゃんと知っている。松居直さんは、しきりにそのことを力説していた。2022年、本書が出た数ヶ月語、松居さんは旅立った。
 本書は絵本の推奨本ではない。学力についての研究である。すっかり私の絵本体験記となってしまったことは率直にお詫びする。しかし、学力的な面での子育てについて、なにかしらヒントになることができたら、ありがたいと思う。




Takapan
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