本

『災害がほんとうに襲った時』

ホンとの本

『災害がほんとうに襲った時』
中井久夫
みすず書房
\1200+
2011.4.

 阪神淡路大震災50日間の記録。そうタイトルの下に書かれてある。精神科医が見た、阪神淡路大震災の50日間がここに記録されている。あまり整理されていない部分もあるが、それだけに生々しい記録となっている。「緊急出版」という形をとっており、東日本大震災のちょうど一カ月後に印刷したことになっている。
 これは、東日本大震災を見ての印象を増補した形の出版なのである。27頁までは、著者のその声が刻まれている。神戸での経験を基に、それよりさらに大規模な震災を目の当たりにして、当地の人々の心を思いやり、またテレビを通しての感覚と現地の感覚との違いを訴えているなど、経験者であるからこそ言えることが記されている。震災の経験が、新たな震災に対して何を言うことができるか、何をもたらすものかを考えさせる。
 神戸大学医学部の教授であった著者は、精神科医として現場で指揮を執ることにもなる。但し、前日までインフルエンザで伏せっていた身、現場へ勢いよく出かけていくというよりも、電話の問い合わせから、各地への配備や調整などで神経をすり減らす。若い医師やボランティアたちの動きを管理しつつ、人々の心のケアのための最善の道を探ることとなる。
 阪神淡路大震災についての本を探していたときに見出したが、私はこの著者よりも先に、安克昌さんのことによく触れていた。その著書『心の傷を癒すということ』は2020年にテレビドラマになり、それを映画編集して2021年に上映された。本書にも、安克昌の名が見られる。そしてその後若くして命を落とす安克昌さんの葬儀委員長を務めたのが、この中井久夫氏であった。
 この二人は、日本中にPTSDという認識を与えたと言ってよいかと思う。心に外傷を負うという、目に見えない形の傷である。形に出ないだけに、精神科医として見通すばかりでなく、一般の人もこの考え方を知り、互いに触れあうようになりたいし、また、避難所や普段接する場面でも、知識をもっていたいものである。
 これは安克昌さんもよくその内容を紹介していたが、ラファエルの『災害の襲うとき』という本が、この問題については世界的に画期的な、そして多大な影響を与えたという。本書にも少し触れているが、実はこの本のタイトル自体が、ラファエルの本へのリスペクトの故であることは、見た瞬間に私も分かった。
 エッセイストとしても名高い著者であり、情況をよく描き、また伝えてくれる。日記のようなメモめいた書き方を基に、しかし当時の生々しい様子が伝わってくる。それは、後に整然と揃えて提示したものには見られない、臨場感がある。たった50日間であるが、意義は大きい。私も、神戸新聞の記事を集めた本をもっているが、その背後にどんなことがあったかということを補うような気持ちで読み進めた。
 神戸の街や神戸の人々の良さをよく知る著者だけに、そうした心の輝きも随所に描かれている。それがとても気持ちがよい。単にそこに住むということのほかに、人々への温かな眼差しが確かにここにある。それは私ごときが紹介するよりも、直に文章に触れてみてくださることを願っている。
 本書には、さらに続編もある。そちらもまた、別にご紹介することにする。
 決して風化されてはならない、生々しい言葉、人々の悲しみとそこからの脱出、それはいつまた私たちの「今」とならないとも限らない、「未来」の出来事でもあるはずなのだ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります