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『やがて君になる 佐伯沙弥香について(3)』

ホンとの本

『やがて君になる 佐伯沙弥香について(3)』
入間人間
KADOKAWA電撃文庫
\610+
2020.3.

 「やがて君になる」のノベライズであるが、二人の主人公ではないキャストに光を当てた、外伝であるにも拘わらず、なんと第三巻まで来てしまった。これで関係であるが、この魅力は何なのだろう。
 侑は人を好きになる気持ちが分からない。燈子はそんな後輩の侑が好きになる。但し、自分を好きにならないでくれ、人を好きになれない侑だから好きなのだ、という無理難題を押しつける。侑はそれを許していくが、次第に侑も自分が燈子を好きになっていく。それに気づき始めたとき、それは約束違反だと自分を戒めていくのだが、その感情がついにあふれ出してしまう。
 この背後で、燈子を好きになったもう一人の女性がいた。高校の入学式で燈子を見て、その顔に惚れる。これが佐伯沙弥香である。沙弥香はしかし、自ら告白をするようなタイプではない。燈子を助ける立場で、同じ生徒会に入りずっとそばにいる。そこへ、次の年に侑が現れ、燈子が変わっていくのだ。この三人の関係が、終盤で大きく交差していき、ぶつかり合う。
 この物語には悪者が登場しない。憎しみ合うようなこともない。優しい心が漂うばかりなのだが、しかし空回りしたり、自分で閉ざしたりして、単純には展開しない。その心理描写の妙が魅力である。
 この沙弥香の立場で、マンガでは描かれなかった、沙弥香のバックグラウンドを、マンガの作者ではない別の人が描ききったのが、この三部作である。第1巻は、沙弥香の中学時代までの話。中学の時に沙弥香との恋愛関係にあった先輩の女性のことは、マンガの中でも描かれていたが、それ以前にも小学生のときに、女の子との出会いと体験があったということが描かれていた。第2巻は、燈子と出会ってのことで、マンガが描く半年余りの出来事の前に、つまり侑が現れない間、燈子とどんな高校生活をしていたのかが明かされるようなものであった。
 そしてこの第3巻は、マンガ本編で最後のひとつの話だけで語られた、高校卒業後の出来事だけを描く。それも、マンガの最終回で沙弥香について触れられたほぼ一コマだけの情報を頼りに、沙弥香の大学生活を物語るのだ。それは、陽という、沙弥香の新しい恋人である。この陽の性格づけは、本編では全くなされていない。ただ、侑は沙弥香と陽の関係について知っているというシーンの故に、膨らませると確かに面白い題材ではあった。第3巻では、沙弥香と陽の出会いとその関係ができていく過程が丁寧に描かれる。そこに侑もちらりと関わってきて、マンガの最終回と気持ちよくリンクしていくという仕掛けになっている。
 実によくできている。もちろん、マンガの作者である仲谷鳰さんが全面的に信頼して任せている物語であり、むしろ一読者としてこのノベライズを愉しんでいるというから、マンガのファンの期待を裏切るようなことはない。
 沙弥香の独り語りで、なんと3巻まで来てしまった。大したものだ。それほどに、一人のサブキャラにしても、その心理が実に深く刻まれ、描かれていたのか、と改めてマンガの方の丁寧さを感じることとなった。アニメが全部の物語の半分で終わっているため、第二期の製作をファンは愉しみにしているのだが、そのソフトではあるが性的な描写も検討されているに違いないにしても、この心理描写のために画の一つひとつが非常に神経質につくられていくということに、後半が耐えられるのかどうか、私は難しいのではないかと感じている。でも、もちろんもし第二期が放送されたら、また深入りすることだろうと思う。
 人を好きになるというのはどういうことか、それは、単純に肉体的欲情のようなものに変換されやすい男女ではなく、百合ものと言われるが、女性同士のほうが、ある意味で純粋に、心が描かれるものなのだ、ということを教えてもらった。そう、きっと純粋なのである。どこか気位の高いこの沙弥香の感情も、とても、ピュアなのである。




Takapan
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