本

『良心をもたない人たち』

ホンとの本

『良心をもたない人たち』
マーサ・スタウト
木村博江訳
草思社文庫
\760+
2012.10.

 本文中では、さかんに「サイコパス」という語が使われている。それが「良心をもたない人たち」という意味なのだというわけで、両方の言葉が飛び交う。終始渦巻いている。「サイコパス」と言えば、愛や思いやりの感情を一切欠いた精神的な病者であり、社会的に危険であるというイメージがつきまとう。というのは、そのようなサスペンスのドラマの恰好の材料として日本では描かれてきたからである。
 だが、本書が示すサイコパスは、必ずしもそのような危険な存在ではない。もちろん、感情が多くの人々とは違う構造になっているという点では、用心すべきなのであるが、だからといって、ことさらに犯罪率が高いわけでもないし、サイコパスだというだけで、社会的な差別や偏見を増すべきではない、という落ち着いた態度をとっているように見える。
 それどころか、アメリカにおいては、4%という割合でサイコパスがいるという。このことは、本書の内でずっと繰り返される。特別に異常だという目で見るべきではない、というのである。そうではなく、本書はそのような人々のタイプを見極めることを主眼としている。ということは、本書はサイコパスでない、25人中の24人のために書かれたということになる。そういう人々がいるということを認識した上で、適切に対処すべきだ、というように、いわば身を守る方法を伝授しているのである。
 その叙述は、実例に溢れている。但し、名前はもちろんのこと、その事例を関係者が読んだとしても、当の人物がそれであると明確に分からないように描いている、という断り書きを初めにしている。精神医として、セラピストとして、守秘義務は必定だからだ。だが、事例は非常に具体的で、そのような人が確かにいるだろうという、生き生きとした病者が続いている。読者は、これらの実例の物語に驚くであろうが、よく一つひとつの物語と、仮名であるにしろその名前を、記憶に留めておくことをお勧めする。本書の説明では、幾度か、誰それの例にあったように、というような書き方で、だいぶ前に挙げた例を思い起こさせる仕組みになっているからである。だが、重荷に思う必要はないと思う。私のような者でも、あの人のことだ、ああだったな、と簡単に思い出せるからである。
 2005年の発行が元々である。だが、そこから20年近く経って読んだ私にも、決して過去の古い説のような感じはしなかった。というのは、「訳者あとがき」にも書かれていたように、本書はサイコパスだけの問題を書いているのではないからである。  そもそも、原題には「サイコパス(精神病質)」は使われていない。原題は「ソシオパス(社会病質)」である。これらの語の使用法についての説明は、そのあとがきに委ねるが、本書で著者は、これらを別々の対立する概念としては用いていないので、実質「サイコパス」という耳慣れた言葉を通して述べてもさしたる問題はなく、その方が伝わりやすいからだ、と訳語を決めたのだと明かしている。やや思い切った処遇であるが、それについて素人の私はとやかく言う立場にはない。
 それはそうとして、本書がそこに拘泥するものではない、という訳者の見解は、本書が実のところ「良心」とは何かを問うているのだ、という点からきているものと思われる。もちろん、これは臨床に基づくものであって、哲学的思惟に発するものではない。だから、哲学的に問われた歴史の中から「良心」について論じているのではない。それでも、現在の私たちにとって「良心」はどういう理解をされているだろうか、というところを押さえておくことが、本書全体を味わうには必要であるだろうと考えられるのである。
 良心について、「愛にもとづく義務感」というあたりの見解を、さしあたり根柢に置いて読んでいけばよいだろう。良心について、違う見解をもつ人がいてもよいし、多分にこれだけで定義できるほど甘いものではないだろうと思うが、「愛」にしろ「義務」にしろ、著者は著者なりの定義や説明を与えている。私たちの実生活に引きつけた形で、良心を欠いた者が現に少なからずいるという事実に対処するための知恵として、心構えに抱いていればよいのだろう。
 なお、4%という割合は、東アジアなどには指摘できない、と著者は言っている。日本などは、0.03%とまで挙げている。その分析をする余裕は本書にはないが、どんな調査によりものか、こうした数字の根拠はことさらに挙げられてはいない。ただ日本には少ないかもしれないことは予想される。他人の感情を読まないで強く生きていける社会ではないと見られるからだ。「空気を読む」という言葉の意味が概ね全員に分かる文化や社会では、共感性の欠落したサイコパスというあり方は、胸を張って生きていられないだろう。だが、私は現にそうした人を知っている。サイコパスだと断定はできないだろうと思われるが、その傾向があり、良心というものや共感というものについて極端に欠落の様子を見せる人である。実際にそういう人がいて、長い間見てきたからには、なるほどと思える部分が、本書には多々あったことは認めざるをえない。
 本書の209頁から、「良心のない人に対処する13のルール」は、現実的に、サイコパスに対してどう対処したらよいか、の項目的な知恵である。さしあたり、これを心得ておくことで、多くの人は、危険を避けることができる可能性が高まることだろう。もとより、読者自身が、良心について知らない当の人物であったら、事態は複雑になってしまうのであるが。




Takapan
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