本

『良心は立ち上がる』

ホンとの本

『良心は立ち上がる』
加藤常昭訳
日本基督教団出版局
\1800+
1995.8.

 ヴァイツゼッカー講演集である。ドイツ連邦共和国元大統領。名演説に名高いが、その「荒野の40年」は別のブックレットなどにもあるため、本書には入れられていない。しかしその一つだけが彼の演説ではない。その他聞いておきたい講演がいくつも集められており、加藤常昭氏の優れた翻訳で日本に紹介されている。それはもちろん政治の話ではあるが、キリスト教信仰に裏打ちされたその思想は、人類普遍の根本的な愛を見つめたもので、確かな基盤の上に立って、平和について考えようとしているため、世界中の人々の心を打つものとなった。ここにも、聖書を踏まえた考え方が多く、クリスチャンにとり、信仰を世に活かすとはどういうことか、を知るためにも是非触れておきたいものとなっている。
 本の題ともなった1980年の後援は、1944年にヒトラーに抵抗して射殺された人々の事件についての内容である。いま私たちはそれをどう捉えるのか。何を学び、何を警戒するのか。変革する意思、行動する力はどうやって与えられるのか。だからいのちを投入したその信頼とは何だったのか。ボンヘッファーが「一日、一日を、その日が最後の日であるかのごとく受け容れ、しかも信仰に生き、偉大な将来のために責任をもって生きること」を告げたことを模範にしようではないか、と結んでいる。
 どうしてもこのヒトラーの時代のドイツについて、問わなければならない。ドイツ人として、良心を回復した現在、何故そうなったのか、を省みなければならない。ヴァイツゼッカー(発行当時)前大統領の脳裏からこれは取り去られることがない。どの講演にも、その裏打ちがある様子が見て取れる。日本の首脳の頭の中に、さて、こうした意識があるだろうか。すべて水に流そう、いや自分では水に流してしまったのだ、と豪語しているように見えて仕方がないのは、私だけだろうか。
 神の前と人の前における自分の責任の自覚。これは、ドイツ人すべてがうまくできているという訳ではないだろうが、著者にとり、これは重大なテーマである。最後の「愛」という講演において、この点が問われ、愛ある行動について考察し、項目立てて提示される。国家とは何か、国家の中で人はどうあるべきなのか、を問う。ここには挙げないが、171頁からの項目は、社会を冷静に分析しているものであるが、全く以て現在にもそのまま当てはまるし、何ら解決されていない問題ばかりである。この課題は、もう一度世界に提示されてよい。まずは教会内で、周知のものとして掲げられてほしいと願う。いったい、聖書が愛を描き、愛なる神を信じていると言うのであれば、それを空理空論や観念で片づけてよいはずがない。それを活かすための視点を、かの歴史的にとんでもないことをしてしまった国の大統領であり信仰者である著者が、考えに考え抜いた世界観である。これを人類は歴史に活かさない手はないのではないだろうか。
 ベルリンの壁が破られたときの話もある。訳者が選択したものをここに挙げているのであるが、それもまた訳者の力量であり、祈りである。地味な本には違いないが、もっと人の目に触れてよい。本の帯には、「歴史をごまかすことは犯罪である!」という叫びが書かれている。当時の日本の空気への叫びかもしれないが、2017年、その日本のみならず、アメリカにも叫びたい人が増えていると思われる。世の中が金第一でよいとなりつつある世界は、分裂の危機にあると私は考える。この講演集、手に取ることができる方は、ここから動かされる心をせめてまずもちたいと願う。




Takapan
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