本

『聾に生きる─海を渡ったろう者 山地彪の生活史─』

ホンとの本

『聾に生きる─海を渡ったろう者 山地彪の生活史─』
大杉豊
全日本ろうあ連盟出版局
\2625
2005.5

 ろう者である身で、初めてアメリカに渡り永住を続けた人の、記録である。
 その人生を語ってもらうことによって、ろう者でありつつ生きるということの様々な面を紹介し、考えてもらうことができる本である。そのためには、まず語ってもらわなければならない。もちろん、それは手話という方法になる。それを、日本語に翻訳しなければならない。その作業を、著者が念入りに行ったというわけである。
 そもそもどういう生活をすることになるのか。まずは日本にいる時のことである。生活の細々としたことまでも、どういう点でうまくゆかないのか、社会に認められないのか、あるいは誰かが助けてくれたのか、認めさせるような生き方をしていったのか、そうしたことが盛り込まれていく。
 どれも事実であるから、ろう者には貴重な体験談として受け止められるかもしれない。同じような無理解に悩むことは多々あるだろうから、山地さんと全く同じ対処法でよいのかどうかは分からないが、やっていけることも見つかるかもしれない。
 もちろん、時代は違う。朝鮮戦争のために日本に駐留していた兵隊との交わりなど、実にホットな話題で微笑ましく見ていたら、その人が戦死したということ、またその交わりのこと、あるいは妹さんが国際結婚をしたことが、聾唖新聞の記事で紹介もされていて、当時のことが偲ばれる。まさにそれは大きなニュースであったのだ。
 実際にアメリカに住む経緯についても、細かく記されている。日本の、ろう者に対する扱いに絶望してアメリカに渡ったものの、実のところアメリカでもまた人種差別に遭い苦労するということが、よく伝えられていた。必ずしも、アメリカ万歳でもなかったわけである。しかし、訴訟に勝つなど、表に出て行く姿勢が必要であることも同時に会得していき、強い生き方に拍手を送りたくなることもあった。
 前半では、高橋潔先生のことにも触れられている。手話の必要性を説き、口話教育に対して手話とろう者の権利を守った先生のことである。ろう者の生き方に、大きな影響を与えた人であるし、今なお与え続けている人であると言えるだろう。
 なかなか手に入らない本であるかもしれない。しかし、もし出会ったら、ろう者の理解を求めている聴者は、ぜひ一読願いたい。ちょっとした生活の一場面ではない、人生全体をここに見ることができる。どう理解していけばよいのか、様々な部分から感じとることができる。二年にわたる長い取材の上でまとめられた本である。魂のこもった一冊である。またとない資料でもあり、しばらく浸ってみたらよいと思う。




Takapan
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