本

『宗教の世界』

ホンとの本

『宗教の世界』
戸田善雄
大明堂
\1400
1975.11.

 古書店で見かけて、格安だったこともあり、昔懐かしいシンプルな函入りの本に惹かれて購入した。
 まあ実に真面目な本である。発行当時でも、すでにこうしたタイプの本は減っていたはずである。昔の岩波書店の函入り本を想像して戴くとちょうどよいだろう。真面目だが語りかけるように、そしてまた自ら納得しながら進むようにして、文章としては比較的読みやすいものと言えよう。但し、多少古い漢字について抵抗なく読めることが望ましい。「懼れる」あたりを読めないと、時折詰まるかもしれない。
 さて、本論は、まず「宗教現象の研究」と題して、宗教一般について問いかけ、広い門戸を開けておく。個人と制度、また宗教体験というものについて、あるいは自然科学との関係、唯物論との関係や、現代人における宗教の意味などを正統的に論じていく。そして宗教史というものを紹介するが、それも分類が可能であるとして、整理する。このように本書は、様々な宗教にまつわる事柄を、分類整理することをモットーとしているのだと言えるだろう。だから、多分大学の教科書として扱うのに適しており、そのために書かれた本ではないかと推測する。
 どうしても西洋のこうした類書になると、キリスト教のことしか論じていないと思われる向きも多い。せいぜい「他の宗教」という括り方で、仏教や自然宗教めいたものなども扱いはするが、基本的に宗教概念を形作るのはキリスト教である、というケースがままあることは事実である。そこへいくと本書は公平に、と言いたいところであるが、実のところ日本の宗教がメインであるように思われる。キリスト教の影響も大きいから、そちらももちろんきちんと扱うのであるが、著者のベースには、神道的なもの、あるいは天皇家にまつわるようなものが根底にあるであろうことが、読んでいくと次第に見えてくる。
 その日本の宗教であるが、自然環境から考察し、民族的性質をも考慮に入れて考え始める。社会制度や神話も紹介するが、ユニークな面を強調するところが目立つ。それによると、動物犠牲の習慣だけは、西洋も中国もあるのに、日本には根付かなかったのだという。そうして、日本人が古来大切にしてきた「美わし」や「澄む」といった善きものについて、示していくことになる。
 この生贄がなかったことは、続いて大きく取り上げ、著者にとり宗教を大きく分けるひとつの概念として捉えられている様子が窺え、その犠牲の宗教として世界的なものとなったキリスト教を扱うべく、わりと詳しく聖書を持ち出して論じていく。結局このキリスト教の検討で本書は幕を閉じるのであるが、著者は森や水といった自然の中に宗教の重要な原点を見ているであろうことから、最後の最後は神社のことに突然戻って終わっている。神社神道では、神は森の中に住むのだという。「森そのものから由来した木の文明」という形で聖なる場所を構成する、この日本の神社神道は、宗教史上の奇蹟であり、世界の文明宗教の中でただ一つ神社神道だけについてのみいえることなのだと称賛している。どうしてもこのことで本を終わらなければ、気が済まなかったものだという気持ちがよく伝わってくる。
 実はこれに先立ち出版された書物に、大幅な増補改訂を行ったものが本書であるとし、三分の一近くは新稿であるという。前著の方が恐らく穏やかに、比較宗教学の路線で綴っていたのではないかと私は想像する。しかしどうしても、この森と木の神社神道の特質を、声を大にして主張したいがために、本書が完成したのではないかと思うのである。だから本書は、ただの宗教の世界の紹介に留まらず、著者の情熱が組み立てた力作となったのである。




Takapan
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