本

『歴史はおもしろい』

ホンとの本

『歴史はおもしろい』
福岡大学人文学部歴史学科編著
西日本新聞社
\952+
2006.9.

 こんな本に出会うのは、私の場合は古書店の店頭である。検索で本を探していたのでは、決して巡り逢えない。地元福岡の西日本新聞社が発行している。そして地元の福岡大学内部で作成されている。私の専門外の分野であるし、実のところこれは高校生をターゲットとした読み物である。副題に「12のテーマで読み解く高校生のための歴史学入門」と書かれている。これから大学を目指す高校生のために、高校までの受験の歴史とは違う、大学の歴史研究というものの世界を知らせる、なかなか優れた試みなのである。
 そこには多分に、福大の歴史の先生は面白い、と宣伝することによって、福岡大学への受験を促すような意図が潜んでいるのだろうが、それは結果の問題である。キリスト教を薦めるのが、自分の教会に来てほしい、という意味もないわけではないが、とにかく聖書を読みませんか、というところにあるのと少し似ている。
 そして、小中学生に歴史を教えることがあるような私のためにも、これは本当に「おもしろい」のである。「歴史学の本当の面白さを伝えたい」という言葉に嘘はない。
 12の項目は、それぞれ10頁余りで組まれており、扉にはその歴史を語るに相応しい一枚の写真が掲げられている。それと、導入の言葉だ。たとえば最初のところには、「女房を売るなどという乱暴なことも、何故そうしたのかを考えていくと、意外な真実、人々の生きざまが見えてきます」と誘っている。この最初の項目のタイトルは「女房を売り飛ばす」と題されて、そこには「民衆の文化と歴史」というテーマがあることが示されている。
 こんな内容は、歴史の教科書には出てこない。なにせ女房を「競りにかける」ことをしているのだ。時は18世紀のイギリス。実は、すでに破綻していた夫婦関係の中で、多くの人々の見ている前で、男は離婚を、そして女はいわば不倫の相手と結婚することを、同時に行うパフォーマンスであったのだという。イギリスでは、19世紀半ばまで、離婚は法的に認められていなかった。従って法律ではできないことを、慣習に於いて離婚と再婚とを同時にやっていた、というのである。
 このことが最初に挙げられているのは、ここに、歴史学の面白さという点が要領よく語られているせいでもあった。
 最後の一頁は、筆者たる教授の紹介と、その研究分野とがたっぷりと掲げられている。これはなかなかよい大学への案内になっているかと思う。
 続く話題について、タイトルだけご紹介しておこう。
 「眠れる獅子の魅力と18世紀世界」「徳政令はなぜだされたのか」「アメリカ先住民と「歴史」」「吉野ヶ里遺跡からわかること」「漢民族は絶滅したか千中国古代の人口統計――」「高句麗問題と好太王の墓」「蒸気船を手に入れる」「百人の兵士、百キロの行軍」「戦時中に発足した日本育英会」「「九州男児」の現代史」「博多から日本史を見直そう」
 福岡だけに、最後の二つはその色が濃いが、この「九州男児」は、実は半ば蔑み、体よく利用するための方便であったらしい、ということが、歴史的史料から裏付けられると、私はむしろいかにもの「九州男児」ではないが故に、むしろよかったとえ思えた。「博多」の意義は、これは方向性としては福岡にいる以上、半ば常識のようなものではあったが、それにしても知っているよりもっといろいろな方面で、博多は歴史の鍵を握っていたことを教えられるものだった。ここでは、鎌倉幕府の滅亡が、福岡で決定づけられたということが明かされる。しかも私の育った地域にあるともいえる菊池神社のことが詳しく扱われており、そこまでのものだとは知らなかったので、驚いた。
 なぜ平氏が戦うのか、についての穿った見方は、大いに考えさせられるものであった。ここでは中国を舞台に考察しているのだが、それでも、郷土への愛着を国家全体への忠誠にすりかえるということなど、よくよく考えていなければ、これから私たちもどうされるか分からないものと恐ろしくなった。それは決して、絵空事ではないからだ。
 奨学金には私も世話になったが、日本育英会が、戦争のために生まれたということも、目から鱗が落ちるような学びとなった。その他、タイトルはそれぞれ地味かもしれないが、読んでみると、実にわくわくする、そしてときにゾッとするような歴史の指摘であった。
 これはもっと広く目につくべき本ではないか。高校生の副読本として採用したっていい。大人も、触れたらいい。これから平和を考えるとなれば、いっそう知っておきたいことばかりであるような気がする。
 巻頭部分に、「父母・市民の皆さんへ」と題した挨拶があり、こでは「大学の姿が生きた情報として伝わっていない」ことへのもどかしさから、「大学の情報公開をもう一歩進めるもの」を生み出そうと努めたことが記されている。「本書は高校生に少しでも歴史学のおもしろさを伝えよう、その一心で編まれたもの」だという。
 そこから20年経って、私は触れた。しかし全く古びた気配はない。むしろ歴史を考えるということが如何に大切か、ということについては、益々必要になってきていると言わざるを得ない。それは、「おもしろい」では済まないもののような気がしてならない。




Takapan
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