本

『赤十字のふるさと』

ホンとの本

『赤十字のふるさと』
北野進
雄山閣
\2,800
2003.7

 青少年赤十字には、少し関係したことがあった。奉仕活動というほどのことはないが、献血には多少力を入れた。赤十字がキリスト教に由来するということなど、意識していない頃だった。
 だが、アンリ・デュナンという人のことは、当然常識とされていた。
 久米宏氏が、ニュースステーションで数年前、赤十字活動はナイチンゲールに遡る、というふうな発言をした――この本の著者は指摘している。その発言に対して、訂正を勧める書簡や、赤十字活動についての自著をテレビ局に送ったそうだが、何の反応もなかったという。たしかに久米氏は、ナイチンゲールが赤十字を開始したとは言っていない様子だが、日本人が陥りやすい誤解を助長したのは間違いない。
 情報を流す者の無知は怖い。影響が大きい人だけに、なおさら怖いと思う。私も、ずいぶん前のこと、歩行喫煙についてこの番組に提案したことがあるが、完全に黙殺された。しかし近年、歩行喫煙は当然悪いことだ、とこうしたニュース番組は発言する。世間の顔色を見ながら報道しているということが明白である。世間に対して正しいことを提言するというものではないらしい。
 それはともかく、この本は、赤十字活動に対して愛着のある著者が、赤十字について知ってもらいたいという熱意と、それから、ジュネーブ条約というものについて為政者に問いかける目的をもっている。
 ジュネーブ条約。それは、赤十字に関する国際規約であるが、日本は、1977年の追加議定書については、それに同意しておきながら、未だ批准していないのだという。たしかに、軍隊というものが認められていない憲法の中で、自衛隊という微妙な機関が存在し、命令系統に混乱の生じやすい関係がそこにはあるかもしれない。だが、自衛隊を戦時国に派遣する法律は素早く成立するのに、中立平和を築くための規定に四半世紀にわたって批准ができていないというのはどういうわけか。
 中立を保つという赤十字活動そのものは、一切の政治活動からは独立している。だが、政治がそこに絡んでくるセキュリティホールも随所にある。宗教色がないのが原則だが、設立の理念と十字そのもの(あるいはそれを拒否した赤新月にしても)は、宗教を根底におく。人類愛、博愛に徹するという美しい理想がここにあるなら、それに徹して、あらゆる政治と宗教の関わりから離れてこの世に存在することができるなら、素晴らしいことだ。国連に今こそ加盟したが、スイスが永世中立国として長い歴史を保ってきたように、一つの原理に立ってそれを頑なに守り続けるというあり方は、やはりどこかにあってほしいと願う。それを保つ役割を担う人々は大変だと思うが、せいぜいそれを支える声にはなっていきたいものだと願う。
 この本には、日本でこの活動を始め、支えてきた人々のことも多々紹介されている。ある意味で素人の立場から、さまざまな資料を集めて情熱を傾けて著した本である。独自の資料を見いだした旨が挙げられ、写真も多用されている。こうした歴史に目を向けることは、大切なことだと思う。私たちもまた、その歴史を今このときにも刻んでいる張本人なのだ。




Takapan
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