本

『すらすら読める蘭学事始』

ホンとの本

『すらすら読める蘭学事始』
酒井シズ
講談社
\1680
2004.11

『蘭学事始』(因みにこれもスパッと返還するATOKは、果たして賢いのか、それほどにメモリを使っているのか……)は、杉田玄白が82歳で書いた回想録である。『解体新書』を出すときの経緯からその苦労、様々な人との学びや驚きなどが、余すところなく記されている。
 それを、原文を上段に、その現代文訳を下段に並行させたものが、この本である。また、適宜注釈を入れてあり、程よき解説も入れてある。予備知識がほとんどゼロであった私でも、ひととおり読めて、面白く感じた。
 かつての漢学が、政府の政策により導かれたのと違い、自分たちは、蘭学が科学的真理を示しているという点で惚れて学び始めたというあたりから、なかなか読ませてくれる。  注釈によると、時折歴史的に整合しないところがあるそうだが、玄白自身、半世紀ほども前のことを回想しているわけだから、時には思い違いもあるのだろう。本文の面白さを減ずるものではない。
 また、当時としては非常に長生きした玄白である。門下生のほうが次々と亡くなっていく寂しさも記しているが、彼らの名前や業績は、このエッセイなしには後世に伝わることがなかったというから、貴重である。
 あとがきにあたるような最後の章で、玄白がこう書いているのが心にとまった(215-216頁)。
「よくよく考えてみると、その実はありがたいことに、天下太平の世の中であるからできたことである。世の中には学問が好きで学問への志の厚い人もいるが、社会が戦争で乱れ、戦いが行われていたならば、どうして学問を創業して、この盛挙に至る余裕があるだろうか、ないのだ」(訳)
 この本が1815年、『解体新書』が1774年というから、一揆や飢饉に噴火、寛政の改革などの世の緊張を経ての回想に違いないが、大きく見ればたしかに太平の江戸の世である。今なお考えていかなければならないテーマではないかと思う。




Takapan
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