『平塚らいてう 新学習まんが人物館』
差波亜紀子監修・上川敦子まんが・江橋よしのりシナリオ
小学館
\1100+
2025.3.
ソフトカバーになっていた。以前はハードカバーだったような気がする。私はソフトのほうが持ちやすくて好きだ。
絵のタッチもいいし、長さも手頃で、小学生にも負担にならないだろう。内容の一部が、小学生には少し重いものだったが、柔らかく描かれていて、よく検討されたのだろうと思う。いわゆる「塩原事件」である。
雑誌『青鞜』のリーダーとして知られる平塚らいてうである。歴史の教科書では、それだけで終わりだ。だが、そのこと自体が、教育が女性を軽視しているような気がしてならないのは、私だけだろうか。歴史は殆どが男が動かしている。百年ほど前までは、先進諸国でさえ、女性には投票権すらなかった。男だけが動かしてきた歴史を蕩々と学ばせるうちに、歴史は男が作るものだというふうに洗脳させていく働きがあることを自覚しなければならない。
らいてうが雑誌を創刊したことについて、男たちの怒号が渦巻く場面から物語は始まる。この始まりは衝撃的である。本書のスタンスが明確に打ち出されている。そこからようやく、明(はる)が生まれたときのことから時系列に物語が描かれてゆく。この明が、後のらいてうなのである。
比較的恵まれた環境で育ち、学校にも進学する。だが、その生活の端々で、「女は云々」と言われ続ける。言われるということは、それに対する反発傾向があった、ということでもある。それが「当たり前」と思う女性の周辺では、そのようなことは言われないはずだからである。だが本書では、そういう女性への偏見が、一つひとつ伏線となって、らいてうの先々の活動を描くための背景となってゆく。
ここではそのストーリーを語るつもりはないので、ハイライトだけでご勘弁願いたいが、本の最初に、資料としての写真がカラーで紹介されている。これがまたいい。小学生だけではもったいないのであって、どうか大人が真剣に見てほしい。私も、そのつもりで本書を見出して、読んだのだ。
与謝野晶子との関係も描かれる。手厳しい人であったように描かれているが、実に整然と、広い視野で物事を考えている様子が伝わってくる。そしてらいてうも、それに対して冷静に受け止める力量をもった人だったように見える。尤も、後にらいてうが「母性保護論」を世に問うたときには、与謝野晶子との論争があった旨、記されている。
私が個人的にうれしかったのは、長沼智恵子のことが大きく取り上げられていたことである。高村光太郎の妻であり、『智恵子抄』のあの智恵子である。もちろん、精神を病む前の事であり、雑誌『青鞜』の表紙のデザインをつくったのだ。
福岡県人として、伊藤野枝の登場はうれしく、また悲しい。らいてうとの詳しい関係は本書で初めて知ったのだが、らいてうから『青鞜』の編集を引き継ぐ以前の出会いがこのような形だったのだ。それにしても、最後の解説にあるが、大杉栄と共に虐殺されたときは、28歳であったという。関東大震災のどさくさに紛れてのことだったと見られる。私はこの次、この人のことについてもっと知りたいと思った。
市川房枝という方については、リアルタイムで知る者である。偉い人だとは聞いていたが、本書にもその活動の一部がきちんと触れられている。こうした方々が、いまの女性の立場を立てるための土台を、懸命につくってきたのだ。もちろんそのことを、いまの女性も知ってほしいと思うが、男性が知ることの薄いこの辺りのことを、真摯に向き合って知るように努めなければならないと強く感ずる。それは私自身への反省でもある。
つまり、ここに女性を虐げてきた偏見とも言える罵声が幾度となく記されているのだが、それは昔の男が放ったもので、いまの自分とは関係がない、となどと考えてはならないのである。差別は、自分がそんなことはしていない、と信じている者こそがやっている、という真理が、ようやく認識され始めてきた。男は明らかに加害者なのだ、という認識をしなければならず、それを言い逃れようとしたり、何かしら正当化しようとしたりするならば、いま以て加害を続けている、としなければならないと思うのだ。
ここでは関係がないが、キリスト教もそうだ、と私は確信している。何を正義の味方のような顔をし、過去の迫害行為に関係がないような顔をし、あるいは自分たちは違うと正当化しているのだろうか。戦争加担への反省に何十年とかかるような有様で、何が悔い改めを迫る福音を語れるというのだろうか。
さて、私はそうした加害の立場で読むしかなかったのだが、それでも、幾らか報われた話の展開があると、「よかった」と涙を流すくらいの心は持ち合わせていた。通勤電車の中で、涙ぐんでいたのだ。
本書の中では明かされていないが、小学館のウェブサイトにて、よいエピソードが紹介されている。それを見て、だからこのまんがに命があったのだ、だから涙が出たのだ、と合点したので、そのウェブサイトから一部ではあるが、引用させて戴こう。
「まんがを描いた上川敦子さんは、これまで「上川敦志」のペンネームで『ロボットボーイズ』『スティーブ・ジョブズ』『学習まんが 日本の歴史(15巻、16巻)』(すべて小学館)などの著作がありますが、今回は「平塚らいてう」を描くということで、あえてご自身の性である女性名での登場です。実際に1児の母である彼女の、魂のこもった作画にもご注目ください。」
それにしても、ここに登場する女性たちは、自由な恋愛事情にあるようで、現代でもここまで大胆な行動をする人はそう多くないように見える。男が決めた結婚制度の社会である。時に、こうした生き方の方が、むしろ正直であったということなのか、切実だったということなのか、その辺りの事情は、ぜひ識者の見解をうかがいたいところである。

た
か
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