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『クオリア入門』

ホンとの本

『クオリア入門』
茂木健一郎/ちくま学芸文庫/\780+/2006.3.

 分からなかった。著者や一部の方にはよくお分かりのことなのだろうが、門外漢が開いたとき、その説明が分からなかった。
 そもそも「クオリア」とは何か。その説明が、どうもよく分からないのである。
 なんと、その概念は、コペルニクス的転回に匹敵するような、世界観の変化をもたらすものであるという。すると、この本が発行されて十数年経って読んでいるのだから、もう少し世界で話題にされてもいい。無知だから仕方がないが、私は「クオリア」をこれまで知らずに生きてきた。ということは、私は世界観の重大な変化に全く気づかずに、しばらくの間生活してきたことになる。
 本の販売サイトにはレビューが載っているが、その中で「のいのい」さんという方が、すでに2007年にこのような部分を含む文章を載せていた。括弧付きで分かりやすかった。
(1)専門用語を多用して難しいことを言っているようだが、実際には当たり前のことを回りくどく説明しているだけ。
(2)当たり前ではない部分(つまり茂木さんのオリジナルな部分;特に「クオリア」というものについて)は説明がほとんど無いので、雰囲気は分かるが「理解」することができない。
(3)個々の文章を取り出すと科学的に正しいことを述べているが、それらをつなぐ論理が不十分であるために全体としての正しさが保証されていない。
 ここまで私は読み込んだわけではないが、言われていることはよく分かるような気がした。心という現象は解明されていないという段階なのだが、クオリアの研究がそれを成し遂げるような期待を抱かせる、そういった本だったのだろうか。そして心と呼ばれるものについて、脳科学という分野の中の神経と物質のあり方によって、すべて解明できるのだという設計図が紹介されていた、ということなのだろうか。
 私とは何か。主観性とは何か。意識というものに私の根幹があるとすれば、その意識をもつ心はどこにいあるのか。それを、仮想的なクオリアなるものに託して、途中からはそれがもう決まったものとして掲げられていくようになり世界を見、志向性や言語というポイントを踏まえて展開する説明ではあるが、結論は「プロローグ」の最初に次のようにある通りであろう。
 私たちの「心」の全ては、私たちの脳のニューロンの発火に伴って起こる「脳内現象」に過ぎない。
 これがもう神経科学においては疑いなく明らかになってきている、というところから始まるのである。私というのは脳内現象である。世界の存在もそうだ。そうしてオープンした本論でクオリアが持ち出される。
 「クオリア」とは、「赤い色の感じ」や、「ヴァイオリンの音色」など、私たちの感覚を特徴づける独特の質感を指す。……クオリアは、私たちの心とは何かという問題の中核にあるのだ。
 クオリアの定義はこれで終わりである。そしてしばらくニューロンの説明があった後に、特別に行をとってこう書かれている。
 心に見えるものは、クオリアからできている。
 いやはや、さっぱり分からない。「見える」とあるからには、心は視覚なのか。シンボライズされた表現をもってくると、科学を論じているようには思えない。「独特の質感」とはどう独特なのか。「感覚」がどう特徴づけられているのか。それがつまり「心とは何か」なのだというのだが、話はニューロンの作動する物質的な解説に入って、これだ、とシメされるばかりなのである。その「感じ」は言葉で言い尽くすことはできない、という。当然である。その「言葉」とは何か、何の働きでなにゆえにそうなのか、そんなことに引っかかりをもつのが哲学者の醒めた見方なのだが、語るほうはもう情熱的に、世界観を変えてしまう大発見だ、とはしゃいでいる。議論の中で、都合のよいように哲学、とくに心理学に関わる部門の言葉を多用するが、なんだか怪しい宗教の本質は見せずに、いろいろ権威づけられた言葉で飾って宗教団体への加入を迫る勧誘の手口のような気が、しないでもない。ということは、かの「のいのい」さんは、大した評者だったのだと感心したりもすることになる。尤も、私の理解力の無さがそうさせているというところだけは、ここではっきりとしておかなければならないだろうが。
 唯物論的に脳を解明していく考えに基づいているものと思われる。確かに近年、そうした角度から脳科学というものが研究されているふしはある。大いに研究して戴きたいものであるが、さて、心と私たちが呼んでいるものが、それで終わるものなのかどうか。論じている著者自身も、ニューロンのなせる業でしかないというもので、よかったのだろうか。人の生き方や考え方は、それでしかないのだろうか。当然、疑問に思う人は多いだろうと思う。どなたか、クオリアについて、もっと分かりやすく、説得力をもって教えては戴けまいか。




Takapan
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