本

『プロフェッショナル仕事の流儀3』

ホンとの本

『プロフェッショナル仕事の流儀3』
茂木健一郎&NHK「プロフェッショナル」制作班編
日本放送出版協会
\1000+
2006.06.

 NHKの人気番組の一つである「プロフェッショナル仕事の流儀」が本になっていた。偶然古書コーナーで見つけて表紙を見たら、番組で紹介された中の三人が挙げられている。それぞれの本で三回分の内容を読み物としているのである。
 この本を手に取ったわけは、三人のうちの二人が、他人事にはなれない仕事をしていたからである。「WHOメディカルオフィサー」の進藤奈邦子さん、それから「塾・予備校英語講師」の竹岡弘信さんである。
 進藤さんは、女性としてWHOの職員の中でも、パンデミックの現場に出向く仕事をしている。医務官である。お子さんもいるから、海外に長く駐留するときのお子さんを預かる人の助けを得ながら、そしてどこに行くにもそこで命を落とすかもしれないという恐怖あるいは覚悟を胸に出向くのである。
 私の妻は医療従事者である。新型コロナウイルス感染症患者の入院するような病院ではなく、地方の町医者の許で看護師たちの長に立つ。PCR検査も日常的にするし、陽性患者も次々と出している。妻はかつて保健所にもいたことがあるため、保健所員ともつながりがある。コロナウイルスへの対処は、保健所と医療現場との連結の中で行われている。太いパイプがある故に、いくらか広い視野ももって立ち向かっている。当然、感染拡大初期から、ウイルスについての適切な知識と対応をしており、お陰で私も誤った情報に惑わされることもなかった。家族の一員として最も近いところで現場を見ていることで、私がこのパンデミックの現場に出向く方の仕事に、関心をもたないはずがないわけである。
 放送された時期からしても、このパンデミックの内容というのは、鳥インフルエンザである。しかし人にも感染が出ていることで、世界中がパンデミックの危機にあった。いまでこそ知られるようになったこの言葉も、当時はさほど知られていなかったに違いない。また、SARSもあった。とにかく感染すると命が危ない。WHO職員として現地に行っても、病院に入れてくれないような国もあったという。だが粘り強い説得により、ついに感染現場に入っていく。そんなシーンも語られていた。
 防護服。コロナ禍の中で知られるようになったが、これまた当時は本書で紹介されたときに、えらく遠い存在として見られていたのではないかと思われる。
 進藤さんは、弟を病気で亡くしている。医者になってくれないかなぁと弟が言った。それが最後だった。これで進藤さんの道は決まった。弟の死は、ここに力強いWHOの医師を生んだ。
 英語塾講師の竹岡さんは、大学生のとき、塾を開いている父親から、英語を教えてくれないかと言われ、軽い気持ちで引き受けた。熱心に教え、生徒も信頼していた。京大生であったから、自分が成功した方法に間違いはない。教えるだけ教え、やらせるだけやらせ、満足のいく1年を送った。だが、3年間教えた後、男子は全員志望校に合格できなかった。これで、竹岡さんは落ち込む。何が駄目なのか。自分が駄目だということか。しかしそのとき生徒は、逆に竹岡さんに謝ったという。期待に応えられなくてすみませんでした、と。
 いや、そうじゃない。竹岡さんは苦しむ。パチンコに逃避していたら、そこで出会った冴えないおっちゃんが、競馬についての尋常ならぬ知識をもっていることに驚く。どうしてそんなに知っているんですか。好きだから。これがすべてだった。竹岡さんは、コペルニクス的転回を体験する。
 竹岡さんは、生徒に教えこむことをしなくなった。いまでは英語の語源だけで何十分も時間を費やすことがあるという。実に遠回りなやり方だ。だが、こうして英語を楽しいと思うようになり、好きになった生徒は、確実に変わっていった。これまで竹岡さんに学んだ人たちは、彼に人生を学んだと満足しているそうだ。
 座敷に座布団を敷いて低い台の上で学ぶ塾。ただ講義を聴け、などという授業はしない。質問をしろ。それは自らポジティヴに学ぶためのひとつの道なのだ。時に、質問されても答えられないことがある。塾から車で1分の自宅まで、資料を取りに帰る。そして答える。この生き方に、生徒はしびれる。成績でクラスを分けず、どの教室でも同じように教えるというのも、ひとつのポリシーだという。教えるのは、大学受験のテクニックじゃない。人生を学んだという生徒たちの声が、後に集まってくる。
 とにかく、嘘やごまかしでは人はついてこない。否、自分の人生も間違う。その場ではごまかしえたとしても、人生の大切なものを失ってしまう。こうしたことは、学んだ子どもたちには十分に伝わる。だから、あの先生から人生を学んだのだ、と口を揃えて言うのだ。
 中には辛い体験をした生徒もいる。そのエピソードは、直接本書で味わってほしい。
 人生はドラマだというが、さらにそこに知恵と教えがたくさん詰まっていて、輝いていることを知る。ごまかして世の中をうまく渡っていくことが、人生の成功であるかのように吹聴する声が、恰も正解であるかのように世の中に流れている。そんなバカなことはあるものか。言いたくても、言えないような人もいるだろう。言えばいい。その声に味方をする人は、きっといる。この本の中にも実際、確かにいるのだ。そのためにはまた、ここに取り上げられた人の生き方に、読者である私たちが共感しておくことがどうしても必要であろう。
 読みながら、電車の中で幾度も涙した。私もそのような仲間に、入れてもらえるだろうか。




Takapan
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