本

『先生のわすれられないピアノ』

ホンとの本

『先生のわすれられないピアノ』
矢崎節夫
ポプラ社
\682
2004.6

 映画にもなった『月光の夏』は、毛利恒之氏の手になる小説である。それは1993年の出版である。この小説のヒットにより、佐賀県鳥栖市の鳥栖小学校のグランドピアノは日本中に知られるようになった。そして市民の募金により、映画まで制作された。
 戦時末期、鳥栖小を訪ねた二人の特攻隊兵。今生最後の頼みとして、グランドピアノを弾かせてくれという。そのピアノが処分されると知り、四十数年前のことを語った吉岡先生の話から、その特攻隊員は誰かとマスコミが探し始め、ついに見つかるという物語である。
 史実を踏まえて取材され書かれているので、この『月光の夏』も読み応えがある。だが、登場人物は実在の名前とは換えてあり、若干シーンに演出がなされている。
 この先生は、上野歌子先生という。戦時中は松田歌子といった。
 そして、カトリックの信徒となっていた。
 信仰を表に出すのが良いかどうかは分からない。ただ、『月光の夏』は、その祈りが一つのシーンを飾るべく、効果的に用いられはするものの、その信仰の心がストーリーに活かされることがなかった。とくに映画では、その祈りさえ描かれず、映画を観ても、キリスト教を信仰しているということは伝わらないようにできていた。
 この『先生のわすれられないピアノ』もまた、ことさらに信仰が強調されているわけではない。しかし、教会学校の様子や、全体に、上野先生の祈る心が滲みていたようには思う。それは、映画がマスコミ記者の動きが中心に描かれて謎解きのようになっていたのに対して、こちらは、上野先生への取材を素に描かれた伝記的正確のもので、戦争への反対の心がより強く訴えられていたせいであるかもしれない。
 この本は、戦争への怒りや、今なお戦争を起こすことが好きなタイプの人がいて、日本の政治さえも司っていることが、はっきりと訴えている。特攻隊員のことを明かしてそう長くないうちに天に召された上野歌子先生の、強い願いをより伝えているのはどちらかと言えば、間違いなく、この『先生のわすれられないピアノ』のほうであろう。
 青い目の人形のエピソードは、映画原作にもあったが、その訳は伝わりにくかった。この本で、私も、涙が出るほどよく分かった。
 ふりがなが付いているため、小学生でも楽に読める。ポプラ社の「私の生き方文庫」シリーズの一冊である。若い人に、ぜひ読んでもらいたい。そして、大人もまた、ぜひと願う。それは、歌子先生が青春を送った時代と、今の時代が無関係ではないように見えることがあるからだ。




Takapan
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