本

『僕らのパソコン30年史』

ホンとの本

『僕らのパソコン30年史』
SE編集部編著
翔泳社
\1890
2010.5.

 感慨深いものがある。大学にいるとき、奨学金をもらっていた私は、それを用いてパソコンを買った。
 いや、それは不正確だ。私は奨学金は概して貯蓄できる分はまわすということもしていた。なかなかうまくできなかったが。アルバイトに余裕があればそちらから生活費に使いという考え方だった。しかし、奨学金がなければ成り立っていなかったのは事実で、その意味でもありがたいものだと思った。
 パソコンは、初期にはマイコンとも呼ばれていた。そういう雑誌もあったのだ。そして、BASICという言語を学び、簡単なプログラムを考案するに至った。簡単な算数計算の問題であったり、ドイツ語テキストを打ち込んでおいて、その中から指定の後を検索するプログラムなどである。
 考えてみれば、今のHTMLよりもずっと簡素であったような気もする。が、日常言語に近い形で書けるというのは、コンピュータ入門者にとっては、驚きであった。とてもマシン語で書くなど、できなかったからだ。しかし、BASICだと遅いなどと言われて、マシン語に変換するプログラムなどというものを雑誌を仕入れたりもしていた。
 今ここで、パソコンの初期からのことを記録しておこうというこの編集スタッフの試みに、拍手を送りたい。いつの間にか、最初はどうであったかなどと知らないメンバーばかりがコンピュータをいじっているようになり、初期に人々がパソコンに対して考えていたことなど、分からないままになってしまう虞があるからだ。
 歴史というものは、えてしてそうである。まだ十分記憶が鮮明であり調査が可能である時代に、当時の状況をきちんと記録しておこうという、大切な仕事がここにある。読めば、ああそうだったな、としみじみ思うことが多々ある。コンピュータの専門家でなくてもそうなのである。懐かしい名称は、なんだかクラシックカーでも眺めているかのようでもある。
 マッキントッシュについてはこんなものではないだろうな、と思わせるほどに情報が少ないのは難点だが、ウィンドウズ系列に関しては、よく調べて記録されていると感じる。こうした資料的に役立つものは、一定の役割を担うのであるから、丁寧にこしらえて戴きたいし、また保存してほしい。さらに、記述の誤りがもしあるとすれば、読者同士でそれを指摘して支え合っていきたいものである。何も、この本はバイブルであるわけではない。
 思えば、新約聖書も、イエスの復活から三十年ほどの時を経てひとつの形ができていくようになったと言われる。これくらいの時期、つまり一つの世代とも言える期間は、思想が熟し、あるいは記録の必要性が叫ばれるということで、大切な記録が編纂される時期であるのかもしれない。その意味で、この「30年」という期間に、私は必要以上のこだわりを見せるのであった。




Takapan
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