本

『「%」が分からない大学生』

ホンとの本

『「%」が分からない大学生』
芳沢光雄
光文社新書1000
\780+
2019.4.

 分数ができない大学生についても以前指摘されていたが、今回は%に絞った形を出した。しかし背後には「日本の数学教育の致命的欠陥」として、算数レベルから数学という視野で論じてある。
 要点は、「プロセスの重視」と言ってよいであろう。そのために、「はじき」「くもわ」という、算数由来の、求めるためのシステムに頼り問題を解決してきただけの子どもたちが取り上げられる。それが大学生になって、半数ほどが簡単な割合の問題に手が出ないという実情の根拠と定められている。これで決めてよいのかどうかはまた別の問題があろうかとは思うが、プロセスを知らないままでやり過ごしてきたという点は、何を学んできたのだろうという意味では、私も同感である。だから、受験勉強は「はじき」も「くもわ」も使わせるけれども、事ある毎にその意味に触れて話を私はするように心がけている。
 と言いつつ、「はじき」や「くもわ」とは何かと首をかしげる方もいらっしゃるだろう。速さと割合についての関係式を導くための公式を、機能的に用いるための便利な方策なのである。尤も、拳銃の隠語である「はじき」はさすがに小学生に対してどうかということで、近年は「木の下のは……」と、これまた木下さんには申し訳ないような覚え方が一般的にはなっている。
 著者は、これまでのセンターテストの数学の問題を代表例として取り上げる。計算しなくても答えが出せるというのだ。求めるプロセスは要らず、いくらかの問題は鮮やかに解答できるのだ、と。またマークシートであるからには、その過程の説明が一切要らないので、採点側もどうやって正解を導いたのか知ることはできない、だから数学的才能や努力をはかることはできなくなっている、というのである。
 そうは言っても、受験勉強というものはある程度そういうものではあるだろう。意味も分からず覚えれば解けるというのは、数学に限ったことではない。ただ、知識はそれなりに素材になる。将来何かを考える必要に迫られたときに、その知識が役立つことはあるだろうし、曲がりなりにも答えを導いた思考法が、ある意味で邪道だからと言ってすべて無駄だとするのも酷だと思う。だから著者は、数学の思考、そのプロセスを学ぶというあり方が無視されていることに対して怒っているようにも見える。
 私は本心からすれば全くその通りだと思う。算数であれば、靴箱の位置を理解すること、料理の手順を考えること、こうしたことが大切なポイントであることなど、それは答えの暗記でも、所与の問題の解答でもなく、現実に生活していく上で、また仕事をこなしていく上で、必要不可欠な能力であると思うし、そのために数学の問題は絶好の訓練になると信じている。だから、本書のように、ある意味で理想から熱く語って戴けると、スッとする。
 しかし、なかなかこれが万人に同じように適用できないことを現場にいる私は知っている。だから、画一的に教えるということは、もったいないのである。数学に見向きもしなくなってしまう子どもたちに、そうした問題ではなしに、だが数学的な思考が役にも立つし、美しく感動的であるということなどを伝えたいと願っている。他の何をやるにしても、考え方の訓練は大切なことなのだと思うからである。これとあと言語能力を磨くことによって、基本的に何をやるにも役立つと考えているのである。
 著者は、数学教育という視点を掲げてくる。そして、個人差に合わせた教育を提言する。具体的にどのようにするかには課題が多いであろうけれども、このスタンスは私も同感である。進学塾という現場は著者にとっても面白くないところかもしれないが、習熟別というやり方を実践しているのは、まさにこの塾である。教室に合わせた形で、算数や数学を説明すると、確かにそれぞれ違うものである。
 現実に大学入試の数学も、パターンの暗記だなどと言われる中で、それはそれでもいいとしても、順序よく考えること、論理の嘘に気づくこと、そんなことへと頭を働かせることの意義を知ってもらいたいと思っている。
 著者はさすが数学教育のプロであるから、どうしてゆとり教育があのようなことをしたのか、マスコミがセンセーショナルに伝える表の面だけでなく、その背後にある事情も説明してくれるなど、私も気づかされることがあった。
 思いつくままに取り上げたが、それほどこの小さな新書は刺激的であった。制度的にはどうなるか分からないが、今後の記述式路線への変更が具体的にどのようになされていくのか、著者もいくらかは期待していると思われるので、新しい考えに基づく入試が始まってから後、再び著者の見解を拝見したいと思う。プロとして、今後の数学教育をしっかりと批判し、習性して戴けるならばうれしいものである。




Takapan
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