本

『ペコロスの母の玉手箱』

ホンとの本

『ペコロスの母の玉手箱』
岡野雄一
朝日新聞出版
\1200+
2014.10.

 なんとも切ない。『ペコロスの母に会いに行く』が2012年に出版され、話題になったが、その続編である。
 認知症の母を抱える、もう60も過ぎた息子。母親とのやりとりが、四コママンガという切り取り方で多数盛られている。
 読む人の心を掴む。
 近年、かつてはタブー視されていたような、自分や身内の病気をカミングアウトして、それをマンガにするという手法がメジャーになってきている。精神的な病気を含め、隠しておきたいという心理が働くような場合もそうである。ある人は、深刻な病気や差別的なことについて、笑いを取ろうとすることに眉をひそめるかもしれない。そうまでして話題になりたいか、と非難する声もあるかもしれない。だがこれは、考えようによっては、よいことである。曲がりなりにも、そうしたマイナーな立場や境遇に対して、社会が認めてきているという証拠でもあるだろうからだ。公表したら不利な立場に追い込まれるということについては、沈黙を守るかもしれない。しかし、何らかの共感を得るとなれば、表に出すことも可能だ。おそらくは、誰もが何がしか抱えているであろう弱さのようなものを、初めに表に出す勇気のある人がいたとき、それに与する人が現れることがありうるからである。
 もちろん、暗い描き方であれば、読むほうも遠慮する。マンガを読むからには、どこかでクスッとでも笑えるものを求めている気持ちが潜在的にもあるだろう。そこは漫画家、作者も心得ている。決してわざとらしくなく、事実に基づくことを描くからそうネタにも困窮することはないのだろうが、それでも大切なひとつひとつの出来事を書き留め、また創造の翼をひろげて提示する。
 酒ばかり呑んで先に死んだ父親を、決して良い親としては見ていないのだが、母親にとってはかけがえのない相手であり、よくその姿を見るという。それ自体、認知症の現れであるのかもしれないが、息子はそれを尊重する。そして、自分もそれを受け継いでゆくのだという思いに染められていく過程が、この続編に描かれている。
 というのは、この本ができるまでに、重大な出来事があった。この母親の死である。2014年8月24日、その知らせが息子に届く。そのときの様子を描くことで、この本は完結した。
 相手を正すようなことではない。ただ受け容れる。かつて自分がされたことを、子どもに還っていく母親に対して返す。息子の、淡々とした愛情。書評によく「笑って、泣きました」というようなコメントが書かれている。それに尽きるだろう。人の優しさが描かれており、人を大切にするということの、気取らない姿に出会うことができる。大切なすべきものを放り出しているような、多くの人がもつ心の負い目のようなものにも、気づかせてくれる。
 優しさを忘れているかもしれない、と思ったら、この本を開いて、その世界にしばし浸ってみるとよいかもしれない。
 なお、西日本新聞に今この人のマンガが連載されており、最初の『ペコロスの母に会いに行く』はその西日本新聞の出版であった。今回どうして朝日新聞出版となったのか、その辺りは私のあずかり知らぬところであるが、どうなのだろうか。




Takapan
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