本

『科学の落し穴』

ホンとの本

『科学の落し穴』
池内了
晶文社
\1890
2009.3

 専門の科学者でありながら、科学一般についての理解を育むためにも役立つように、科学に関する読み物を多く著している教授である。まだお若いイメージであったと思ったが、1944年生まれだという。文章の若々しさは、以前と変わることがない。
 副題は「ウソではないがホントでもない」とある。これは、この本の一部のタイトルである。ここには、雑誌などに掲載された原稿が、ある程度のまとまりで章立てされた上で、まとめられている。一つ一つの話題は短くて、読みやすい。この副題に取り上げられたところでは、偽装が問題になった時期の原稿なのだろうが、信用できるのかどうか、利用者は考え、見破ることが必要だと説いている。
 概して、よく考えないで何者かに操られていくようなところに危惧を覚えるかのようで、この本の随所で、ポリシーのようなものが描かれている。ケータイやパソコンを極力利用しない著者。それらを持たないわけでも、使用しないわけでもない。それは仕事上やむを得ない限りにおいて所有しているのであるが、たしかにこの本のあちこちから見受けられる限り、それらを利用などしていない。そこにも、一定の理由がある。しかも、それは単なる年寄りの頑固さによるというものでもない。
 科学というものに対する、誠実な生き方が、そうさせるのである。哲学者カントを思わせるような部分もある。
 広い見識により、古今東西の逸話を紹介し、あるいはそれらを今の問題に関係づけてくるわけで、つねに話題は現代私たちの手元での科学である。そこには、大学という制度に対する批判も含まれるし、科学者たちの置かれた状況というものも、飾ることなく紹介される。それゆえに科学自体がどこへ向かっていこうというのか、危ういからである。かといって批判だけではない。大学も一つの大学が二つに分かれて、実学と基礎研究とに分けていくという、実際には実行できないかもしれないが、理論的には面白い案をも提示している。
 いわば、健全な科学論がここに展開される。しかも、一般の私たちが科学というものをどう捉えるか、科学とどう付き合っていくべきなのか、そういう視点である。一部の科学者や哲学者がどういう判断を下すか、という意味ではない。そのように、啓蒙というのは言い過ぎだろうが、読者の意識を科学に向けるという書として、十分役に立っていると言えるだろう。
 科学絵本の勧めが中にある。絵本はいい。大人が読むべきだと考える。子ども向けと言いながらも、科学的な深い知識や観点が紹介されている絵本もあるほどだ。生き物の生活や自然現象の理由など、実に科学的な見解が淡々と語られているものだ。写真によるものもある。絵本と一口に言っても、様々なジャンルがあるのであって、絵本を分類する図書館の方々にも、そこを分けて並べるなどの配慮も工夫して戴きたいところだ。
 おっと、そんなことはこの書の紹介のためには、何の意味もないところだった。変な落し穴に落ちてしまうところだった。いろいろな見聞に長けた著者のエッセイを、ただ楽しんで読むというだけの読み方もあるはずだ。ただ、ちょっとは、科学の行く末や私たちが科学というものとどう付き合うとよいのかなどの問題に、頭を過ぎらせたらば、よいのだろう、という気はするのであった。




Takapan
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