本

『大きなかぶ』

ホンとの本

『大きなかぶ』
チェーホフ
小宮山俊平訳・ヨシタケシンスケ絵
理論社
\1300+
2017.2.

 またまたショートセレクションのシリーズ。今度はチェーホフ。チェーホフといえば「カモメ」や「ワーニャ伯父さん」といった戯曲が頭に浮かぶが、こちらは短編小説。れっきとした小説だと言える。ただ、収録された作品は、長さがまちまちで、ごくごく短いものもあれば、数十頁に及ぶものもある。
 だが、やや長いからといって、展開がいろいろあるというよりも、案外それは単純であるために長さを感じないという印象があった。短くても、そして心情としての変化がその中にはさほどなくても、痛々しくて、長い物語のように感じるものもあった。この辺り、やはりチェーホフの腕というものなのではないかと思う。
 タイトルの「大きなかぶ」については、私も騙された。その経緯は「訳者あとがき」に種明かしがされているので、ここでは明かさないが、パンチの効いた極小短編であった。それは、ロシアの一部の人間に対する、強烈な皮肉であり、揶揄でもある、という理解でよろしいだろうか。その意味でも、お洒落であるに違いない。
 その訳者の言ったことであるが、従来別の訳で知られていたタイトルのものが、ここには全く別の題名になって収録されているものがあるという。従って、チェーホフの短編をこれまでお読みになったことがある方は、あの話だったのか、と気づくことがおありではないかと思う。その他、小学生にも読めるようなふりがななどの配慮もあってか、一読して分かりやすい翻訳を工夫してあると思われ、だからまた、大人にとっても非常に読みやすいもみのとなっている。ただ、今回の本は、内容に「おとな」の領域のもの、つまり色恋にまつわるもの、しかもその内容があまり世間体によろしくないようなものがいくつもあり、そのままお子様の目に触れるのはどうだろうか、とも思われた。
 また、必ずしも結末が解決にはなっていないものも目立ち、それがチェーホフの持ち味であるのかもしれない。大団円でストンと胸に落とすものがあるというよりも、さあこれからどうする、という問いかけが心に残るのである。それで、この哀しみをこの後どうすればよいのか、と悩むことがあったが、考えてみれば、それは私自身の胸の内そのものであるとも言える。読者は、物語の人物の哀しみや重たい気持ちを、そのまま自身の実生活の感情の中に、持ち込んでしまうのである。
 物語をできるかぎり明かさないという前提でご紹介すると、これくらいのことしか言えないような気がする。ただ、ヨシタケシンスケ氏のイラストは、いつもながら冴えている。だのに、表紙の「大きなかぶ」のイラストの中にある異常なものに、当然初めから気がついていなければならなかったのだが、それを味わっていなかったために、してやられたということになった。
 このシリーズ、まだ何冊か読んでいないものがある。楽しみなようで、読んでしまうのが惜しいようで、複雑な心境である。




Takapan
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