本

『思わず考えちゃう』

ホンとの本

『思わず考えちゃう』
ヨシタケシンスケ
新潮社
\1000+
2019.3.

 絵本作家。ほのぼのとしたイラスト風で、飄々としている雰囲気。この本は、その絵をカットとして、そのカットの背景について多少の文章で説明したようなものである。
 その経緯については最初に教えてくれている。これも絵を交えてかなり詳しく、しかし読むのに滞るような気持ちも起こらず、どんどん引き込まれていく。要するに、私たちなら言葉でメモをとるところを、この人は見たものや面白かったもの、思いついたことをイラストでメモしておくのである。これがタイトルの「思わず考えちゃ」ったことなのである。そのイラスト、つまりメモを集めて、それに改めて文章を加えてみた、その集まりがこの本だということである。
 日常生活の一コマが多いが、社会について思うことでも、自分の願望でも、ジャンルを問わず、ここに著者の生活のあらゆる面が貼り付けられる。つまりは、この人のひととなりがそこに現れるのであるが、これがまたいい雰囲気で、愛すべきものとして読者の目に映る。そうだよね、という共感もあれば、なるほどそうきたか、と気づかされることもある。そんな発想はないなぁと驚かさせることも度々である。ただ、決して高みに立った見方でもないし、卑屈にしているわけでもない、読者と同じ目の高さで、また等身大の人間として、見たもの聞いたもの考えたことが、ここに並んでいるようで、楽しくて楽しくて、あっという間に最後まで進んでしまう。少しもったいないような気もするが、さわやかな風が心の中に吹いてくる。
 心配事を吸わせる紙なんてものができたらいいなあ、そんな呟きがあった。お風呂でスッキリするように、からだの外にまとわりつく心配事がそんな紙に吸われてしまったらいいのに、誰か作って、というような回もある。
 その次には「明日やるよ。すごくやるよ。」という、布団に寝ているだけのイラストがある。こんな言葉、なかなか出て来ない。でもいざ聞くと、うんうんと肯いてしまう。これが著者の本領というところなのかもしれない。こうなると、イラスト付きの詩人だ。  決して道徳的な話で進んでいくのではない。「その時その時にその場にいない人を悪者にしながらなんとかのりきっていこうじゃないか」というのは、決して褒められた態度ではない。しかし、それで大体はいいんじゃないかと思ったとあれば、それもそうだと妙に納得してしまう。「その場にいない」というのがポイントだ。目の前の人を悪く言うのではないのだ。このようなはけ口は、考えてみればとても健全なことであるのかもしれないからだ。
 衝撃的なのが、裸シートベルト。説明は遠慮する。自分の子が二人、裸で並んで車の中でシートベルトにじっとしている絵である。
 日常的な風景やふとしたアイディアから、次第にけっこう深い世界の言葉に本書は進んでいく。後半では「できないことをできないままにするのが仕事」であるというイラストに続けて、これへの思いが少し綴られる。逆説めいているのだが、これが真理だなどと肩肘張っているわけでもないし、こういうのもどうよ、という見方を提供しているように見える。誰かがこれで少し心が楽になったらいいなぁ、というような気持ちがそこにある。だから、気楽に読めるし、けっこう共感を呼ぶ。
 逆説といえば、それに続いて「あなたのかげで私はとうとういなたが必要なくなりました。今まで本当にありがとうございました。」という言葉を載せたイラスト。それは、文学だかマンガだか知らないけれど、何かの作品のことをいうのだそうだ。が、これを見た人が、親のことか、と尋ねたそうで、それもあるのかも、と柔らかい。
 続けて「幸せとは、するべきことがハッキリすること」というのもいいもんだ。
 そして行き着くところの一つがこれなのだろうか。「自分にできないことがどんどん見えてくる。それは、何かができるようになったしるしなのかもしれません。」と聞くと、なんだほっとするし、慰めも受ける。いい言葉、多いね。
 こうしてまとめてきた著者は最後にもとぼけたご挨拶のように、イラストを重ねて、こう告げる。「人に、自分に、世の中に、ちょっとだけやさしくできるような気がします。」




Takapan
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