本

『表と裏』

ホンとの本

『表と裏』
土居健郎
弘文堂
\1000
1985.3.

 加藤常昭先生の説教の中で出てきたのではなかったか。読みたくなるくらい、いつも巧みに本を薦める。読書に長けた牧師の説教は、私の部屋をまた本で潰すことをする。
 土居健郎とくれば、『「甘え」の構造』の本が頭に浮かぶだろう。よく読まれた。しかし、私たち日本人が日常で使う「甘え」とは当然異なることを論じていた。もっと深い、そして心理学的な解説を伴うものだった。日本人の心理を語る場合に、外せない定番となった。
 その土居健郎の他の本を私は殆ど知らなかったので、加藤先生の導きにより、探して入手した。そう厚くないし、表紙も中身も非常に地味である。いろいろ読む計画があったので少し経ってから読み始めた。読んでみて驚いた。これが実に面白い。元々文章を読ませる技については定評のある人だった。だが、この語るように流れてゆく文章は、内容を伝えることもさることながら、読書の心地よさというものを読者に十二分に与えてくれるものだと感じた。そこはさすが精神科医だ、と言うのは的外れであろうか。
 タイトルの通り、本書はひたすら「表と裏」に言及する。もちろん日本人ならその言葉の意味するところは分かる。表だけ取り繕うとか、表向きとか、裏道だの裏では何をしているだの、日本語を駆使する限り、表と裏の意味の使い分けができない人はいないだろう。物事には表があり、裏がある。常識である。しかし、西洋文化と比較すると、これが特殊なものであることが分かる。
 本書は、この表と裏という対比概念に潜む考え方や心理を浮き彫りにしようとするものである。だがそれはただ異なるというだけで終わるものではない。何かしら西洋の考え方と共通するもの、あるいは何か普遍的な本質というものがないだろうか。
 日本語では表と裏の関係を、しばしば「建前と本音」という言葉で表現する。このとき、建前の方には、人と人とを結びつける、つまり社会制度的なはたらきがあり、本音はそこから個人を守るはたらきがある、というような視点が与えられる。しかし、個人主義は西洋のもの、と早計に考えてはならないであろう。歴史的に個人が際立ってきたのは近代のことであるし、制度と個人とが矛盾しない、という建前を西洋文化はもっている、とも言えるからである。
 また、建前と本音との区別もまた、精神安定上必要なものである。著者は、様々な文学の実例を挙げて、その有様を紹介する。本書の面白さは、そこにあるのかもしれない。鴎外や漱石、シェイクスピアが語られ、その作品を知らなかったとしても、十分理解しやすく、楽しめるものとなっていると思う。文学というものが、フィクションであっても、人間の真実を語るものだということがよく分かる。
 人は、精神が分裂しないように心をはたらかせる。建前と本音とがあることは、悪いことではないのだ。生きるための、ひとつの知恵である、ということではないだろうか。
 もうひとつ、著者はこの本で、視点を換えて「秘密」という概念にのめりこんでゆく。表の背後に隠れている裏というものは、秘密という言葉で考察できるかと思うが、人間の心には、この秘密が重要である、というのである。
 心に秘密を隠していることは、悪いことではない。但し、ないものをあるかのごとくに見せるというのは、悪であろう。そういうものを偽善などという。そもそもこの「秘密」という語は、仏教用語であったそうだが、知らなかった。「奥深く容易には人に示し得ない教義」を意味したのであるという。つまり「神秘」「ミステリー」ということになり、俄然聖書の考えとつながってくる。
 著者はクリスチャンである。カトリックであるため、当時の呼び方に従って、本書の中では「イエズス」と使っている。イエズスの言動や聖書の内容をも、表と裏、そして秘密のひとつの例示のために用いることがあるので、クリスチャンには分かりやすい場合があるのではないかと思う。メシアの秘密というのは、福音書の背景にある有名な捉え方だが、正にこの秘密ということで、信仰の要を見つめることができるのかもしれない。
 だが秘密というと、もってはならない、という考えが先立つ場合がある。著者はそれを、19世紀の西洋に発端があるとしている。このように、時折歴史の中で新たに注目されたり生まれたりした概念について説明をするのが、本書の特徴のひとつである。いまでは当たり前のように私たちが思いこんでいることも、実は歴史的にはつい最近現れた、などと教えてくれる。
 最後に、「愛と秘密」という章がある。この二つの概念を結びつける論考が殆どない、という指摘を著者はしている。愛には秘密が隠れている、愛は秘密を含んでいる、という示唆は含蓄が深い。
 さらにまとめのようにして、現代思想のストーリー性の軽視を批判して本書は終わる。ここには驚いた。先を知りたい、あるいは先を読もうとする、その姿勢は、実は絶望のなせる業である、と暴くのである。そういう「現代はどこかが狂っている」と断言する著者の言葉には、精神科医であるだけに、実に重いものがある。「技術だけは先に進むが、人間のストーリーはそれこそ完全にストップしている」のだという。そこには希望がないのである。先が見えないところにストーリーが成立し、そこに希望がある、というのである。私が引用した程度ではその意義は伝わらないと思うので、本書を手に取る機会が皆さまにあれば幸いである。
 これは小さな本だが、決して小さな意味しかない本ではないと思う。ベストセラーの『「甘え」の構造』よりも、もっとインパクトのある、私たちに必要な本ではなかったか、と強く思うのである。




Takapan
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