『思い出の記』
小泉節子
青空文庫
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1927.12.
もちろん、NHKの連続テレビ小説「ばけばけ」の故である。本書の存在を知り、訪ねてみた。小泉八雲の妻・セツの綴った思い出である。ドラマでは「トキ」さんと呼ばれていた。また、ラフカディオ・ハーンの姓は、「ヘブン」と呼ばれていた。舞台が「天国町」と呼ばれ、ヘブンが、辛いことを「ジゴク」と呼ぶ辺りで、言葉の駆け引きが行われていることは分かる。だが、どうして「ハーン」が「ヘブン」にずれこむシステムは考えていなかった。それが本書で節子が、「ヘルン」と呼んでいるのを見て納得した。そこか。「Hearn」は、古くはドイツ語的に「ヘルン」と発音して然るべきであろう。
小泉八雲に対しては、私は中学のときから関心が強かった。英語の「怪談」を勉強したのだ。もちろんそれが読める英語力などなかったが、畑正憲さんの勉強法で、英文をまるごと覚えたらよい、などと聞いて、挑戦したのだ。もちろん、一頁程度で挫折してしまったのだが、中学生用に編集されたものは頑張って覚えた。
それをきっかけに、怪談はかなり読んだ。好きだった。その後、信仰が与えられてからは、ハーンはキリスト教にむしろ批判的であることを知るようになった。確かに日本文化に惚れたからこそのその人生なのだろうが、キリスト教を相当嫌っているのは、予想以上だった。そのため、必ずしも朝ドラを心地よく見ているとは言えないのだが、だがそうしたこととは別に、ドラマそのものは面白く視聴している。
さて、ようやくこの「思い出の記」であるが、とにかく最初からずっと文章が続いている形式である。章立てがあるわけではないし、区切りが見えるようにしてあるわけでもない。とにかく最初から最後まで、長大な作文のように綴られている。
話は、ヘルンが日本に来た、明治23年の春から始まる。ヘルンは、「神代の面影が残って居るだろう」との思いから、出雲の学校へ赴任してきたのだった。
ヘルンの言ったことも時折カギ括弧をつけてそのままに載せてあるが、朝ドラでの喋り方そのものである。脚本家が、これを下敷きにしていることがよく分かる。また、主題歌は、できるだけ脚本そのものを読まずに歌詞を作った、ということを、テレビでハンバート ハンバートが明かしていたが、そのときこの「思い出の記」を読んで作ったことを明かしていた。すべて肯けるものである。
その他、ドラマの設定は確かにこの記録に多くを基づいていることが分かる。家族構成などはだいぶ変えてあるにしても、自然を愛するヘルンの様子など、細々とした情景は、読んでいて味がある。夫婦でなければ知ることのできない、その日々のささやかなことが、ドラマを見る者にとっては、なるほどとよく分かるものである。ドラマ後半でほんの笑いのために出てきたような、「テテポッポ、カカポッポ」をは、案外早いところで本書に登場する。
出来事も多く載せられているが、それはしばしば、ヘルンの性格や考えを紹介するための例のような役割を果たしていた。「正直者でした」と告げ、「微塵も悪い心のない人でした」と言い、「感情の鋭敏な事」も挙げられていたが、酒を飲んで騒ぐ人への反応がそれに続くのである。
正に、思い出されることを次々と綴っていったのであろう。そのエピソードを、一つひとつここで挙げるわけにはゆかない。中身は濃いし非常に生き生きと描かれている立派な文章であるが、比較的短い文章であるから、直接お読みになることを強くお薦めする。「青空文庫」という、著作権切れの作品を提供しているウェブサイトが在るから、無料で読むことができる。
松江から、熊本へ移る。やはり寒いのは堪えたようだ。夏目漱石は、このハーンの後任として教員活動をしているが、ハーンに比べて面白くないと不評だったことが伝えられている。
ドラマの核心にもあることだが、二人はよく散歩したらしい。東京ではさびれた寺を見て、お金を出そうとしたが、樹を粗末に扱い切り倒したことで、嫌いになった、というようなことも思い出されている。
「耳なし芳一」の話はやはり好きだったようだ。短い話だったのを、長い作品にもまとめあげたらしい。また「浦島太郎」の話には惚れ込み、ふと「浦島」という名を聞いただけでもわくわくしていたなどという。だが、この記録では怪談の細かなところに入るというよりも、やはり生活の一面がよく描かれている。本当にその一つひとつが生き生きとしていて、読んでいて厭きない。特にまた、子どもに対する愛情はこよなきもので、その様子がとても愛情深く描かれている。しかも、淡々と記されている。セツさんの文章力というものの上質さを、私は驚きつつ知ることとなった。
「ヘルンはよく人を疑えと申しましたが、自分は正直すぎる程だまされやすい善人でこざいました」という辺りか、またその人柄を熱く伝える。しかし文章そのものは冷静に、淡々と綴られてゆく。そのため、だんだん死期が近くなった辺りも、ペースを崩すことなく書かれていて、亡くなる寸前まで普通の生活をしていた様子が伝わり、なかなか切ないラストを私たちは読むことになる。墓地についても、そうしたハーンらしい。だがそれについては、直にお読みになることを願う。本当に、見事な文章であった。

た
か
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ワ
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ド