本

『臆病者と呼ばれても』

ホンとの本

『臆病者と呼ばれても』
マーカス・セジウィック/金原瑞人&天川佳代子訳
あかね書房
\1365
2004.9

 サブタイトルが「良心的兵役拒否者たちの戦い」とある。
 第一次世界大戦のとき、イギリスの二人の若者、ハワード・マーテンとアルフレッド・エヴァンズが、兵役を拒否した。そのときにどういう目に遭ったかを、事実に沿って淡々と描くのが、この本の方法である。
 そもそもこの大戦そのものが、理不尽で、どうしてこんなことになったのか、という見方があるようだ。その中で、楽に勝てると思ったイギリスが、長期戦になるにつれ、人間の残酷な面をどんどん表に出すようになった。
 当時は今と異なり、戦場の情報は人々に伝わってこない。それを利用するかのように、国のためだなどと麗しいイメージで兵隊が募られていくが、ついに一定年齢の男が皆戦場へ駆り出されるよう法律が作られていく。
 しかし、ここに平和主義の信念をもつ男たちがいた。彼らの辿った運命が、この本で最後まで描かれる。何をされたか。実に醜悪な体験が、丁寧に調べられ、描かれる。
 話は変わるが、日本でも復古主義に熱い者たちは、反対する人々を「自虐史観だ」と非難する。まさに「臆病者」と呼んでいるようなものだが、たんなる自虐であるならば、この本に描いてあるイギリスにおける事実を、批判する気にもなれないであろう。実に、日本の第二次大戦時の姿を描いたのではないかと見まがうほどのこの本の記述の中に、平和をさえ理由にして戦争をしたがる人々への憤りを覚える心をもつ日本人は、ただ日本人として自虐でいるのとは訳が違うのである。そしてむしろ彼らを非難する国粋主義者たちの騒ぎ方が、この本のイギリス軍部と重なって見えてしまうのは当然のこととなる。
 当時のイギリスのこと、聖書を根拠に、あるいはいわゆるクェーカー派として戦争に加担しない信念をもった人物として、十数人が描かれていく。読むうちに、当然のように、読者の心に問いが突きつけられていることを強く意識する。ここで今徴兵制が布かれたら、おまえはどう反応するのか。
 小学校上級で読めるように十分なふりがなと、行間などが配慮して作られている本である。できる限り残酷な描き方をしないように心がけて記されているにも拘わらず、それでも十分に、人間の残酷さがこれでもかというほどに伝わってくる。言葉の魔法があるようだ。
 イデオロギーのために言いたい放題言うようには書かれていない。淡々と語るその中に、人間として考えていきたいことが、必要十分に描かれている。そんな好著である。ぜひ一読願いたい。




Takapan
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