本

『沖縄戦を知る事典』

ホンとの本

『沖縄戦を知る事典』
吉浜忍・林博史・吉川由紀
吉川弘文館
\2400+
2019.6.

 沖縄戦についての資料はずいぶん多く出るようになった。かつて私が沖縄を訪ねたころには珍しくて探したものだった。ようやく現地で手に入れたというものもあったが、いまはネットですぐに手に入る。そして質の良いものがよく出るようになった。
 しかし、喜んでばかりもいられない。体験者が時間とともに少なくなるのは明確だからだ。なにしろ本書発行の時にして沖縄戦後74年。当時の記憶があるだろうという程度の人も、80歳をくだるまい。この本には、少し目立たない色合いで、サブタイトルが「非体験世代が語り継ぐ」と書かれている。これはもしかするともっと強く世に訴えて然るべきことであったかもしれない。もしかすると、直接の証言者でないから引け目を感じたのだろうか。そんなことはないはずだ。歴史はむしろ、少し時間が経ったほうが全体や関係が見えるということもあるものだ。錯綜した情報も、結局どれが正しかったのかの調査も進む。戦後世代が調査したものも堂々と資料になりうるであろう。
 書名に「事典」と付けているのが特徴的である。どこから見てもよいのである。また、項目別に読み取っていくことができるから、断片的に目を通してもひととおり問題なく理解できるというメリットもある。あまりに細かく調べたものの叙述はできなくなるが、それでもよいだろうと思う。
 最初のほうでは、本書の使い方のような概説があるが、内容に入っても、沖縄戦を学ぶ意義からスタートする。至って教育的な配慮がたっぷりとあることを伝える。ここに、体験者と非体験世代との関係や意味づけがなされている。そして戦後も基地問題に揺さぶられ、さらにメンタルな影響も見逃さない。当事者でない分、冷静に、調べなければならないことや伝えなければならないことを配慮できるのはメリットであろうと思う。
 歴史的にこの戦争に住民が巻き込まれていったその経緯は知らせなければならない。このとき、本書の特徴だが、日本軍が実は住民の敵であった、という観点が貫かれているように見える。ときに、米軍兵よりも日本兵のほうが悪い相手だったというような捉え方が見えるが、公平の観点も忘れてはおらず、それぞれ一括りにして表現してよいというわけでなく、いろいろな人がいろいろにいたことも、あちこちで説明されている。しかし、全体的には、間違いなく沖縄にとり日本兵の存在は被害を大きくしたし、死なねばならなかった人以外に悲惨な死をもたらし、現代に至るという点の主張については、留まるところがない。いや、そう言われて仕方がないということは、ヤマトの私から見ても明らかだし、これはどんなに英霊好きな人々も、認めなければならないことだと思う。認めることから初めて話し合いや理解も進むというものだ。頑なに、慰安婦を否定する人もいるが、自分がそう思いたいことと、他人事で済ませられる立場の者の無責任な正義感とが合体すると、手の終えない代物になる。
 叙述となると、詳しく分かったところは詳しく、そうでないところはあっさりと、あるいは全く触れないで通りすぎるということがままあるものだが、本書は事典という形をとっており、ひとつのテーマについても一定の枠が決められている。逃げ場もないしごまかしも利かないのだから、それぞれのことがどういうものであったのか私たちによく伝わってくるし、そのまとめも無駄がなく読みやすいと思う。事典形態もよいものだと教わった気がする。
 随所にコラムがあるのもよい。本編の筋書きから少し外れるものや、本編の一部をさらに詳しく、あるいは具体的に示すために役立っている。
 事典だからどこから読んでもよいと予め断られていたが、やはりこれは順序を守って読むことが一番よいのではないかと思う。戦争の成り行きから最後にどういうところに至るのか、流れの中で人々の考えが変化したり、日本軍の様子がおかしくなっていったりする様が理解できる。
 終わりのほうで、障がい者のことも、少しだが触れられていてよかった。弱者が戦争時にはまず顧みられなくなる点を指摘するためにはどうしても必要な項目である。また、私も知らない地元の運動家や著述家などもよく紹介されていたので、覚えておきたいと感じた。また、クリスチャンの方がこの中でどうしたかということの紹介もあったので、その方の著作を、読んでいた電車内でその場でネット注文した。沖縄のクリスチャンと沖縄戦というテーマは、そんなに公になっていないような気がするので、これは読むのを楽しみにしている。
 いや、楽しみなどという言葉は不謹慎でありお叱りを受けることだろう。私たちは、命を奪われた方々に十分な敬意を払わなければならない。住民を殺しつつも戦死した日本兵は英霊として祀られるが、沖縄の住民には、条件をつけて賠償すらしないという例があることも中に書かれていた。このような政治の姿勢が、命を奪われた方々に敬意を払っているようにはとても思えない。その真似をしてはならないとしみじみ思う。
 教育という点からも、多くの叙述があった。教育の力を感じる。とにかこの事典では、様々な事柄について考察する入口が示される。なんとなくさらりと通読するのはもったいない。じっくりと、考えながら読み進めたいし、文献表もあるし、もっと詳しく調べてみたい、というように動きたいものだと思う。
 表現はさほどどぎつくないように配慮してあるが、その文章の背後にあるものへの想像力さえ失わなければ、私たちは身が引き締まる思いがするだろうし、真摯に沖縄と向き合っていかなければならないことがよく分かる。リスペクトすべき大変意義深い一冊となったと思う。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります