本

『岡潔 数学を志す人に』

ホンとの本

『岡潔 数学を志す人に』
岡潔
平凡社
\1400+
2015.11.

 STANDARD BOOKS というシリーズの一冊として刊行されている。新しい随筆シリーズだそうだ。とくに自然科学者の、そして定評のある歴史的な随筆を提供するという試みのようである。そこに現代的な意味を見出した故である。
 岡潔。ある意味で、過去の人である。生誕は1901年。数学者としての天才的な能力を発揮した方であるが、文章も粋であり、その随筆は魅力がある。事実、随筆家として名高く、日常のことからもちろん数学のこと、そして教育に関する発言も、人々の考えに影響を与えた。
 ここに、その中から選ばれた随筆が集められた。およそ半世紀前に書かれてものである。中には、当然時代に左右されたものもあり、当時だけ騒がれたこと、すでに解決されたこと、そういった制約の中に置かれたものもあるだろう。だが、今もなお課題であり続けるもの、今この著者の提案がまさに活かされるべき時ではないかと思われるようなことも少なくない。その意味では、普遍的なものがある、あるいは、予言的なものがある、と言うこともできるだろう。
 日常のことや数学など自身の研究や学習についての叙述には、すぐに読者がヒントにして活用できるようなことがあるかもしれない。随筆である。自由に書かれている。気楽に読むことができるし、その中からハッとさせられることも多い。
 その意味でも、これは案外実入りの多い本となりうるのではないかと思われる。
 もとより、過大な期待はしないほうがいい。やはり時代的に合わない感覚は仕方がない。かといって、過去の古典とせよというのも、また違うと思うのだ。それに、文章の味わいという意味でも、楽しめる。数学者は、論理を積み重ねていくのが仕事だから、文章も堅く、あの「図形の証明」のようにねっちりとしたものかと予想する方もいらっしゃるかもしれないが、決してそのようなことはない。むしろ、飛躍した筋もわりと多く、ときおり、なんでそうなんだろう、と考えてしまうこともある。数学者の論理は、実は建前の上ねちねちとやるだけであって、その発想は実に飛躍的、そしてエレガントである。論理を通り超えた遙か彼方にある美しい関係が、フッと手許の場面と結びつくようである。ひらめきと呼んでもよいかもしれないが、何かしら目の前のものとは全然違うものが突如として見えるのではないかと思われる。だから、たとえば今回のエッセイの中には、タイトルが「ロケットと女性美と古都」というのがある。もうこれは三題噺のようなもので、何の関係があるのかと不思議に思うしかないのではないか。また、文章の結末も、計算ずくで終わりを演出している……というほどでもないように見えた。ぷつんと切れて、読者が放り出されるような感覚すらあるように私は感じた。
 数学についての誤解を解くためにも、この本はよろしいかもしれない。
 著者は、仏教に傾倒していく。そして、計算できない理想の世界へも開眼する。論理あり、宗教あり、思い出話あり、将来の見通しあり、なかなか話題には厭きることがない。文章を楽しむというだけのためにも、これはなかなかいかす20世紀の産物なのではないか。




Takapan
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